アルツハイマー病(AD)は、進行性の認知機能障害を呈する神経変性疾患であり、高齢化社会が進んでいる現在、その根本的な治療法・予防法の確立が急務となっている。遺伝学、臨床病理学などの解析結果から、AD患者脳の病理学的特徴である老人斑の主要構成成分であるアミロイドβタンパク(Aβ)の産生および蓄積が、ADの発症に深く関係しているという、「アミロイド仮説」が強く支持されている。近年、急速に進んだゲノムワイド関連解析から、脂質代謝経路や神経炎症反応経路がAD発症に大きく寄与していることが明らかとなってきた。本研究においては、アストロサイトが関係する脳内炎症反応と脳内アミロイド代謝システム、という観点で研究を遂行し、これまでにアストロサイトが分泌する新規Aβ分解酵素KLK7を同定し、その解析を進めてきた。KLK7は組織カリクレインファミリーに属する、キモトリプシン型セリンプロテアーゼであり、末梢では皮膚などの炎症反応に関与することが知られているが、中枢神経系での生理的・病的機能は不明であった。そこでKLK7ノックアウトマウスを作出し、脳内Aβ濃度を測定したところ、ノックアウトマウスでは1.4-1.8倍の上昇が認められた。またKLK7ノックアウトマウス由来の初代培養細胞を用いた解析から、KLK7陽性の顆粒様構造はアストロサイトにおいてのみ観察されることが確認された。次に本マウスとADモデルマウスと交配させ検討したところ、ヒトAβ量が1.6-2倍上昇し、GFAP陽性の活性化アストロサイトが集積したチオフラビンS陽性アミロイド斑の沈着が三ヶ月齢で認められた。これらの結果から、KLK7はアミロイド蓄積病態に影響しうる新規Aβ分解酵素であることが確認された。
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