公募研究
覚醒・活動・睡眠といった一日の生活リズムは、社会集団生活や個人の健康の基盤である。ところが、現代では経済のグローバル化に伴い、交替制勤務や夜間労働に従事するシフトワーカーが増加し、ついに27%を超えた。彼らは、夜に活動して昼間に眠り、自然の昼夜の明暗とは異なったサイクルで生活するため、血圧や代謝、ホルモン分泌等の24時間のリズムを司る概日時計システムが破綻の危機に陥っている。近年の大規模な疫学研究により、シフトワーカーが、肥満や糖尿病といった生活習慣病の頻度が高いことが判明したが、その原因は不明であり、なんら方策はとられていない。そこで、我々は、概日時計システムの中枢である脳の視交叉上核(SCN)をターゲットとした分子時間生物学研究を行い、arginine vasopressin (AVP)の受容体であるV1aおよびV1bを共に欠損したダブルノックアウトマウス (V1aV1bDKOマウス) が、時差を全く示さないことを見出した。しかしながら、SCN神経細胞におけるV1aおよびV1bがどのようにして時差を制御するかは依然として不明である。そこで、我々は、SCNの時差スクリーニングを継続して行った結果、AVPに関連したシグナル伝達が阻害されたマウスでも時差を示さないことを見出した (Vasopressin-related Signal Deficient (VSD)マウス)。VSDマウスは明暗環境の位相を8時間前進させてつくりだした時差環境下にて、V1aV1bDKOマウスと同程度の素早い再同調を示した。本研究の成果は、時差の分子神経メカニズムの解明に寄与するのみならず、シフトワーカーの病態に対する創薬の足がかりとなる点においても重要なものといえる。
2: おおむね順調に進展している
概日時計システムの分野の最も重要な特徴は、一つの遺伝子の変異が概日行動の異常として観察できることである。これまでは、概日行動リズムの周期の長短や、リズム性の消失といった点においてほとんどのリズム研究が進められてきた。このような中で、本研究の最もユニークな点は、時差環境下の行動を基に、概日時計システムの分子神経機構の解明にアプローチしていることである。すなわち、時差環境下での再同調スピードの異常の検出が、本研究のキーとなっている。しかるに、本年度において、我々は時差環境下でのVSDマウスの行動を詳細に解析することができ、VSDマウスの再同調スピードが、V1aV1bDKOマウスに勝るとも劣らないほどの素早いものであることがわかった。したがって、今後はVSDマウスのSCNにおけるシグナル異常に着目して、時差を制御する分子神経メカニズムを解明していきたい。また、我々は数理モデルを構築することによっても、時差の制御機構の解明を試みている。これまでに、SCNにおける光受容細胞群として1つ、非光受容細胞群であるAVP細胞として2つの振動子という3振動体モデルを構築し、これが極めて忠実に、時差環境下の生体リズムの変遷を再現することを報告した。今回、我々はこの数理モデルをさらに発展させ、様々な時差シミュレーションが可能となった。さらに、シミュレーションの結果を我々は動物を用いて検証し、数理モデルの妥当性を確認している。
時差の社会問題としては、慢性時差に基づくシフトワーカーの病態(ガンや生活習慣病)がある。そこで、本研究の結果見出した時差に関与する生体部位に、V1aやV1bのアンタゴニストのみならず、新規時差シグナルを制御する化合物を併用することで、より時差軽減作用をもつ時差治療薬カクテルとその投与法を見出し、これを時差環境下のマウスに持続投与することで、生体異常が改善されることを示す。我々は、種々のコンディショナルノックアウトマウスを作成することにより、時差の分子神経メカニズムを解明を試みている。したがって、組織特異的なCre活性を持つマウスの構築が重要となる。我々はこれまでに、Rosa26-LacZマウスを用いて、各種Creマウスがターゲット領域において強力な活性を有することを確認しているが、それでも不十分な場合はウイルスベクターによりCreを発現させて実験を行う。時差分子シグナルの同定のため、時差異常マウスのスクリーニングは継続して行う。この際、ターゲット遺伝子の役割を検討するために、インヒビターの投与やAAVによるノックダウンを行う。時差環境下による多様なマウスの病態を得る必要がある場合は、肥満モデルのob/obマウスや免疫不全マウスあるいは老齢マウスに高脂肪食を摂取させるなどして負荷をかけ、病態の重症化をはかる。
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Sci Rep
巻: 4 ページ: 4972
10.1038/srep04972
http://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/system-biology/
http://first.lifesciencedb.jp/archives/7777