発生中の胚の中では、組織内の細胞はダイナミックに変動しており、隣接細胞が互いにコミュニケーションし、動態を制御することで組織を正確に作り上げている。培養細胞においてHippoシグナル経路の転写因子Teadの活性の違いが細胞間の競合や協調につながるという昨年度の知見を踏まえ、本年度は、マウス初期胚においてHippoシグナルによる細胞間のコミュニケーションの動態とその役割の解析を目的として研究を行った。マウス初期胚におけるHippoシグナルの動態を解析するためにRosa26遺伝子座に蛍光タンパク質GFPとHippo経路のYapの融合タンパク質を発現するトランスジェニックマウス系統を新たに樹立しライブイメージングを行った。蛍光シグナルが微弱であり、細胞数の少ない着床前胚では動態が観察できたものの、上皮組織である着床後胚の内胚葉でのHippoシグナル動態を観察することは困難であった。一方、Tead活性の違いによる細胞競合のin vivoでの役割を明らかにするため、Tead活性が低下するTead1遺伝子を欠損した胚性幹(ES)細胞を作成し、8細胞期胚に注入しキメラ胚を作成した。その結果、Tead1欠損細胞単独でキメラ胚を作製すると胚体部分の全てがTead1欠損細胞よりなる7.5日胚を得ることができたが、Tead1欠損細胞と正常細胞とを混ぜてキメラ胚を作製すると、7.5日胚にはTead1欠損細胞がほとんど含まれていなかった。これは、Tead1欠損細胞自体は胚を作る能力を持っているが、正常細胞の存在下では、正常細胞に対して細胞競合の敗者となり排除されることを示している。本研究により、着床後マウス胚においてもTead活性の違いによる細胞競合機構が働いていることが明らかになり、このようなしくみにより、適応度の高い細胞の選別することが、胚発生の正確性の基盤となっていると考えられた。
|