匂いに対して適切な行動をとるために匂いの学習記憶は極めて重要であり、近年嗅覚一次中枢の嗅球の可塑性が大きく寄与していることが分かってきた。嗅球神経回路の可塑性は主に介在ニューロンのgranule cell(GC)が担っている。嗅球GCは常に新生しており、研究代表者は新生GCの選別が覚醒時の嗅覚経験とその後の睡眠サイクルに基づいて行われ、睡眠中の嗅皮質から嗅球へのtop-downシナプス入力が新生GC選別を促進することを見出している。本研究は嗅覚学習記憶が覚醒睡眠サイクルに基づいてどのように形成されるかを、嗅球新生GCの解析を通じて理解することを目的とした。 前年度までの研究により、数日間の覚醒・睡眠サイクルを経てマウスに匂いと水報酬の連合学習を行わせる系を確立した。学習過程の嗅球・嗅皮質の局所電場電位(LFP)記録より、学習に伴いタスク時の低周波数帯波(ベータ波)の強度と同調性が増強し、嗅球新生ニューロン除去マウスでは嗅覚行動学習の遅延とベータ波の減弱がおこることが分かった。 本年度は匂い学習記憶形成におけるタスク後の睡眠の役割を解明するため、LFP上で嗅球・嗅皮質のニューロンの同期的発火を反映する鋭波 (sharp wave)を解析し、タスク前の睡眠中よりタスク後の睡眠中にsharp waveの発生頻度が高くなることが分かった。 さらに睡眠中の嗅皮質ニューロンを抑制する系を構築した。嗅皮質の投射ニューロン特異的にCre recombinaseを発現するマウスをGENSAT社より入手した。ウイルスベクターを用いてこのマウスの嗅皮質ニューロンに変異型G蛋白共役受容体を発現させ、嗅覚タスク後にリガンド(CNO)投与を行って睡眠中のsharp waveの発生を抑制できた。以上、嗅覚学習記憶の覚醒睡眠サイクルにおいて、タスク後の睡眠の機能的役割を明らかにする基盤の確立に成功した。
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