動物の温度適応に関わるメモリーの解明に向け、シンプルな実験動物である線虫C. エレガンスを実験系とし、神経系を含む多臓器間のメモリーネットワークを分子生理レベルで理解することを行った。具体的には、C. エレガンスの温度適応に関する記憶現象を定量化し、従来の分子遺伝学と最新の光技術を駆使して、記憶に関わる関連遺伝子の同定と神経活動の定量化から、メモリーの基本原理の解明をめざした。 本研究において、線虫の温度適応に関するメモリーの実験系をより詳細に構築した。線虫の低温適応とは、20℃-25℃で飼育された線虫が、2℃に置かれると死滅するのに対して、15℃飼育個体は2℃でも生存できる現象である。この現象を詳細に捉え、メモリー構築にかかる時間と温度のパターンを定量化したところ、25℃で飼育した個体を、2-3時間だけ15℃に置くことで、2℃で生存できることが見つかった。つまり、2-3時間で体内の温度メモリーが変化したと考えられる。この温度記憶時に発現変動する遺伝子群をDNAマイクロアレイ解析から同定し、同定した候補遺伝子からRNAの分解調節の関与が示唆された。 また、哺乳類の記憶制御因子であるCREBが温度適応記憶に関与することが示唆された。記憶・学習は脳神経系の情報処理によるものだけではなく、神経系と他の組織を含めた多臓器間のネットワークによって形成される側面があるため、温度適応のメモリーにおいても分子遺伝学的解析を進め、神経と腸などの組織ネットワークの分子生理機構が見つかってきた。生体制御の遺伝子システムは、線虫からヒトまで共通点が多いため、線虫で明らかとなった生体システムは、ヒトの疾患研究にも役立つと考えられる。
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