研究領域 | 少数性生物学―個と多数の狭間が織りなす生命現象の探求― |
研究課題/領域番号 |
26115716
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
高森 茂雄 同志社大学, 脳科学研究科, 教授 (10397002)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 神経科学 |
研究実績の概要 |
シナプス小胞への神経伝達物質の取込みは、液胞型プロトンATPaseによって形成されるプロトン電気化学勾配によって駆動されるが、一小胞レベルでのプロトン動態や膜電位形成、pH勾配形成の動的特性についての知見は限定的であった。我々は、従来シナプス小胞内腔のpH検出に使われてきたpH感受性緑色蛍光タンパク質(pHluorin)の問題点を解決するために、mOrangeと呼ばれるpH感受性橙色蛍光タンパク質を神経培養細胞のシナプス小胞内腔に発現させ、定常状態の小胞内pH、小胞の酸性化過程の時定数、小胞内緩衝能、総プロトン流入量を定量した。その結果、小胞酸性化過程は時定数およそ15秒で約1200個のプロトンが流入する反応であることを突き止めた。また、小胞内は非常に高い緩衝能を有しているために、1200個のプロトンのほぼ全てが遊離状態にないことがわかった(Egashira et al., J. Neurosciに掲載)。 上記の研究結果はマウス海馬由来の神経培養細胞を用いている為、殆んどが興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸を含むシナプス小胞の特性を反映している。一方、これまでの生化学的な研究から神経伝達物質輸送の駆動力が神経伝達物質の種類によって異なることが示唆されているものの、その実態は不明である。我々は、神経細胞培養中で抑制性シナプスであるGABAシナプスを蛍光標識する方法を確立し、グルタミン酸を含む小胞とGABAを含む小胞でのプロトン動態を比較した。その結果、GABAを含むシナプス小胞は、定常状態のpHが顕著に高く、内腔の緩衝能が低いことが判明した。結果として、GABAを含む小胞にはグルタミン酸を含む小胞のおよそ25%程度のプロトンしか蓄積していない(Egashira et al., 未発表)。 以上、神経伝達物質の駆動力を生み出すプロトン動態に関する定量的な測定に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
神経伝達物質の再充填過程を理解する為に、本年度はまず駆動力となるプロトンの動態の定量化に成功し、論文発表できた。様々なアプローチを計画した内、神経培養細胞での定量しか成果を挙げることが出来ていないが、次年度はこの方法を発展させて、神経伝達物質再充填とプロトン動態の関係を詳細に解析することによって、本研究計画の目的はおおむね達成できると考える。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、トランスポーター欠損マウスの小胞内プロトンイメージングを行い、神経伝達物質輸送過程におけるプロトンの役割を明らかにする。また、塩化物イオン濃度に感受性を有する蛍光プローブを用いて、神経伝達物質再充填過程における塩化物イオン動態の定量化を試みる。具体的には、以下の項目について研究を遂行する。 【1】酸性化過程におけるプロトン及び塩化物イオンの動態解析 海馬神経培養細胞において塩化物イオンに感受性を示す蛍光タンパク質を用いて、神経伝達物質再充填過程における塩化物イオン濃度変化を定量的に解析する。すなわち、グルタミン酸トランスポーター(VGLUT1)及びGABAトランスポーター(VGAT)欠損マウスにおける小胞内プロトン動態と塩化物イオン動態を調べることによって、神経伝達物質依存的な各イオン動態を明らかにする。 【2】リポソーム内pH定量測定法の確立 我々は、VGLUT1欠損マウス由来の海馬培養細胞を用いたイメージングによる小胞内pH測定結果が、アクリジンオレンジを用いた生化学的な実験結果(Schenck et al., Nat Neurosci, 2009)と矛盾していることを見いだしている(未発表)。そこで、神経伝達物質取込み過程のプロトン動態や塩化物イオン動態の人工脂質二重膜の再構成系における定量化を試みる。pH測定にはピラニン、塩化物イオン測定にはSPQを用いる。これにより得られる結果を【1】で行なう海馬培養細胞での実験結果と比較し、定量的な整合性を検証する。
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