本研究では、シグナル伝達系におけるノイズの生成・伝搬の解明を目指して、以下の2課題を並行して進めた。 1. 適応現象のノイズと応答の関係に取り組んだ。適応は、環境の刺激に応答を示した後に、元の状態に戻ろうとする現象で、大腸菌の走化性や酵母の浸透圧応答などに見られる。完全な適応は、incoherent feedforward loop (iFFL)とnegative feedback loop (nFBL)の2種類のネットワーク回路によって実現されうることが知られている。数理モデルにおいて、これらの回路に刺激を与え、それに対する応答と適応に内在するノイズを定量した。理論的および数値的な解析から、次のことが分かった。a) iFFLとnFBLの両方について、また適応が完全な場合と不完全な場合のいずれでも、応答の大きさは内在ノイズの大きさに制限される。b) 多くのパラメータ条件に対して、nFBLの方が一般に大きな応答を示す。一方、完全な適応を実現する上では、iFFLの方がよりロバストである。c) 適応に内在するノイズ(intrinsic noise)に比べて、環境刺激に含まれるノイズ(extrinsic noise)の影響は小さい。今回得た結果は、適応現象を示す実際の細胞のシグナル回路にiFFLよりもnFBLが多いことの1つの説明になるかもしれない。 2. 細胞性粘菌を用いて、走化性に重要な役割を果たすイノシトールリン脂質シグナルのノイズの可視化に取り組んだ。このために、2重レポータイメージングという新しいノイズの可視化手法を開発した。これをPTENの反応にともなうintrinsic noiseと、PTENの上流のシグナルで生成し伝搬するノイズ(extrinsic noise)を精密に分けて定量することができた。現在さらにその動態の解析を進めている。2重レポータイメージングは、PTEN以外にも様々なシグナル伝達に応用可能なノイズ可視化手法であると考えられ、今後の発展が期待される。
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