公募研究
脳への酸素と栄養の供給が滞る脳虚血時においては、細胞内アシドーシスや、グルタミン酸過剰放出による興奮性神経毒性が生じ、細胞死を誘導する代謝経路が活性化される。細胞死へと至るシグナル・カスケードの発端となるグルタミン酸の放出を止める手立ては考えられておらず、そもそもどの細胞が主要な放出源であるのかすら特定されていない。本研究では、脳虚血時にグルタミン酸が放出されるメカニズムを明らかにし、細胞内イオン濃度を光操作することで放出そのものを止め、虚血性脳障害を回避させる方法を編み出すことを目指している。これまでの研究を通して、グリア細胞のうち、アストロサイトに光感受性分子ChR2を発現させた遺伝子改変動物を作製し、アストロサイトを光刺激することでこの細胞を特異的に酸性化させると、それだけが引き金となって、DIDS感受性陰イオンチャンネルが開き、グルタミン酸が放出されることを示した。また、脳虚血にともない、過剰なグルタミン酸が放出され、興奮性神経毒性により、脳細胞死が生じることが知られているが、アストロサイトに光感受性の水素イオンポンプArchTを発現させ、アストロサイト細胞内を光刺激によりアルカリ化すると、過剰なグルタミン酸放出が止まり、虚血性脳障害を防ぐことができることが示された。
2: おおむね順調に進展している
脳虚血において障害が生じる最大の鍵となるのが、アストロサイトの酸性化であり、酸性化により、アストロサイト内部からグルタミン酸が放出されることが明らかになったのは、これまでの虚血研究にブレイクスルーをもたらしている。そこで、虚血性脳障害を回避するには、アストロサイトの酸性化を止めるか、アストロサイトからに発現するグルタミン酸透過性の陰イオンチャネルを止めるかのどちらかが重要な治療ターゲットとなりうる。それぞれの創薬探索には、培養系を使うことが有用であると考えられ、現在、光遺伝学ツールを発現したアストロサイトの培養にも取り組んでおり、当初の計画を越えて、トランスレーショナルな研究への道筋も付き始めている。
平成27年度の計画としては、虚血状態を模擬したときに、アストロサイト内で、どの程度のpH変化が認められるのかを実測することを目指す。これまでは、pH蛍光指示薬のSNARF-5F-AMを使っていたが、この指示薬はアストロサイトだけではなく、全ての細胞種に導入されてしまうため、細胞種が明らかに同定できる細胞体近傍でのpH変化しか計測することはできなかった。そこで、昨年度は、pH感受性のある蛍光タンパク質を発現する遺伝子改変マウスの作製を行った。現在、繁殖して実験に使用できる状態なので、この動物を用いて、高精度な細胞内pH計測を行いたい。まずは、急性スライス標本を用いて検討を進めるが、光ファイバーを介した生体内でのpH計測にも挑戦する。虚血等の病態時や神経刺激時におけるアストロサイト内pH変動が明らかになれば、同程度のpH変化によって、どのようなアストロサイト機能が発揮されるのかを調べることができる。また、アストロサイトからのグルタミン酸放出が、専ら細胞内pHに依存することが明らかになれば、細胞内pHを安定化させるための人為的な操作を考案することが可能になる。ArchTによる光遺伝学的操作で、アストロサイトからの放出が止められることは上述した通りだが、臨床的に適用できるような薬剤の中から、pH安定化もしくはアストロサイトからのグルタミン酸放出に関わるDIDS感受性陰イオンチャネルの活動を阻害する作用の探索を検討する。
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