研究領域 | こころの時間学 ―現在・過去・未来の起源を求めて― |
研究課題/領域番号 |
26119501
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
小川 宏人 北海道大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (70301463)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 昆虫 / 神経 / 時間認知 / 聴覚 / 計時 |
研究実績の概要 |
昆虫が刺激に関する「時間認知」を行うかどうかを検証するため,コオロギを材料とした新しい学習タスクの確立を目指した。異なる持続時間を持つトーン音の弁別課題を実施するために,防音箱内にボール型トレッドミルと高速度ビデオカメラ,報酬用の水を与えるためのノズルを設置したトレーニングボックスを作成した。また罰刺激として電気ショックを与えるためにコオロギの腹部に銅ワイヤを埋め込んだ。トレッドミル上のコオロギに,5kHzのトーン音を1秒間提示し,その後口元の報酬用ノズルから水を与えた。また,4秒間のトーン音提示後に電気ショックを与えた。しかし,コオロギはノズルから押し出された水滴に気付かなかった。また,トーン音と電気ショックを組み合わせて繰り返し条件付けしても,音刺激に対してマウスなどでみられる「すくみ行動」のような明確な忌避的行動を示さず,時間弁別のためのタスクは年度内に確立できなかった。 そこで,本研究室で新たに発見した,音刺激による気流誘導性逃避行動の修飾作用について,音刺激のタイミングや持続時間の影響を検証し,コオロギの音刺激の時間認知についてのメカニズムに迫った。これまで気流刺激に0.8秒間先行して10kHzの音刺激を提示した場合,側方からの気流に対する歩行の方向が後方に偏り,さらに反応閾値が上昇することを報告した。先行する音刺激を気流刺激前に終了しても同様の効果が見られたのに対し,トーン音を気流刺激と同時に提示したときはこの効果がみられなかった。以上の結果から,コオロギは音刺激を先に知覚した場合に逃避行動を変化させ,必ずしも両者が同時に提示される必要はないことが分かった。さらに先行する時間を0.4秒に短縮したところ,上記の効果に加えて身体をターンさせる角度が増大することが分かった。すなわち,コオロギは複数種の感覚刺激の同時性や時間のずれを知覚できることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
動物が報酬をなかなか認知せず,条件付けが成立しなかったこと,また電気ショックに対する生得的な忌避行動がトレッドミルやビデオ撮影で観察できなかったため,時間弁別の効果的な学習タスクを確立できなかった。しかし,音刺激による気流誘導性歩行行動への影響について,音刺激の時間パラメータの効果を調べることによって,コオロギが複数種の感覚刺激の同時性や時間差を検出できるという新しい知見を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
今後は時間弁別のための新しい学習タスクとして,オペラント条件付けを用いた新しい課題を試す。手掛かりとなるトーン音を1秒間提示した後,コオロギが歩行するまで電気ショックを与え続ける。すなわちコオロギの歩行行動をトレッドミルで検出し,その運動によって罰刺激を止められることを学習させる。このオペラント条件付けが成功すれば,コオロギはトーン音によって歩行を開始するようになることが予想される。しかし,学習成立後もトーン音が終了した後に歩行がみられなければ電気ショックが与えられるように設定することで,コオロギはトーン音終了に向けて歩行頻度を増していくはずである。学習が十分に成立した後,1秒間より長いトーン音を提示し,そのときの歩行頻度の変化を調べることにより,コオロギが音の長さを知覚しているかを調べることができる。さらに,学習が成立したコオロギの下行性神経活動を細胞外記録し,1秒より十分長いトーン音を提示したときに,1秒後から発火が現れる,もしくは発火頻度が変化するユニットを探索する。 また,音刺激により気流誘導性歩行行動を変化させる脳領域を明らかにするため,脳神経節の膜電位イメージングを行う。脳神経節を膜電位感受性色素によって染色し,気流刺激に先行して音刺激を与えた場合の応答パターンと,音刺激と気流刺激をそれぞれ単独で与えたときの応答パターンを比較する。これらの応答パターンの差分から,特に音刺激が先行した場合にのみ気流刺激に対する応答が変化した脳領域を抽出する。
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