昨年度報告したコオロギの気流誘導性逃避行動に対する音刺激による修飾作用について,刺激のタイミングや持続時間の影響を検証し,昆虫の時間認知についてのメカニズムに迫った。 200 msの音刺激の開始を気流刺激開始よりも0~800 ms先行させた群(いずれも気流刺激と同時に終了)間と,音刺激の終了時間を気流刺激終了時より0~600 ms先行させた群(いずれも気流刺激に800 ms先行させて開始)間で比較した。その結果,前者の群間では,音刺激を先行させた群では歩行方向は後方へ偏ったが,同時に開始した群(0 ms)は気流刺激のみを呈示した群と変わらなかった。一方,刺激終了時刻をシフトさせた群間では,終了時間にかかわらず歩行方向の後方への偏りがみられた。すなわち,音刺激による気流誘導性歩行方向の修飾は,気流刺激に対する音刺激の先行が必要であるが,それらの同時入力は必要としないことがわかった。以上の結果は,コオロギは気流感覚入力と聴覚入力の時間的関係を認識し,それに応じて気流逃避行動を変化させていることを示唆する。 気流誘導性歩行における方向制御には脳からの下行性信号が必要であることから,音刺激のタイミングや持続時間の認知も脳内の神経回路によって生じている可能性が高い。そこで,食道下-前胸神経節間の腹側神経束から吸引電極による細胞外電位記録を行い,様々な時間パターンの組合せ刺激に対する下行性神経活動応答を比較した。その結果,気流刺激だけを呈示した場合や同時呈示した場合に比べて,音刺激を先行して呈示した場合には,それに続く気流刺激に対する応答の最大発火数が有意に減少することがわかった。すなわち,音刺激が気流刺激に対して先行するかどうかは脳内で認識され,歩行を制御する下行性神経活動が変化していることが示唆された。 今後は脳内で複数種の感覚入力の時間関係を比較する神経機構についての解明を目指したい。
|