ある時点で観察される”現在の神経活動”は、”過去の神経活動”と外部刺激の演算によって決定される。そして、回路構造の変化を介して”未来の神経活動”が規定されると考えられる。本研究では、”学習前の過去の神経活動”、”外部刺激の影響を受ける現在の神経活動”、”未来の神経活動に影響を与える可塑性”の関係を明らかにすることを目的として研究を進めた。 過去の他者の行動は、その後の自分の神経活動や行動に影響を与える。しかしこれまで、他者の観察と自らの実体験を統合する神経回路に関する研究はほとんど行われていなかった。そこで本研究では、恐怖条件づけの観察と実体験が統合される神経回路の解明を目指して研究に取り組んだ。他者が恐怖条件づけを受ける様子を観察した後に自らが条件づけを受けると、条件づけ記憶が増強することを明らかにした。異なる場所での条件づけを観察した場合は記憶の増強が生じなかったため、刺激選択的な記憶の増強が生じると考えられる。次に観察時と実体験時の両方で活性化するニューロンを探索した。その結果、海馬CA1野で多くのニューロンが観察時と実体験時の両方で活性化していた。さらに、海馬CA1野を薬理学的に抑制させる実験を行い、海馬CA1野の神経活動が、観察時と実体験時のどちらにも必要であることを明らかにした。以上の結果から、観察した情報と実体験した情報は海馬CA1野ニューロンで統合され、この統合が観察による記憶の増強に関連すると考えられる。
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