研究実績の概要 |
本研究は時間の脳内地図構築を念頭に置き,日本語文の操作によって,(1) 基準時刻(過去・現在・未来),(2) 基準時刻それぞれにおける心的発話時刻移動(mental time shift),(3) 基準時刻との心理的距離に対応する神経活動を,文理解時の脳波計測によって考察した。オランダ語文を実験文としたBrederoo et al. (2015)によると,事象関連電位(ERP)では心的発話時刻移動の効果を見いだすことができなかったが,600-800 msの潜時帯で高ガンマ帯域(60-80 Hz) においてパワー値の増加が左前頭部に観察された。 筆者はここでの検討課題を,a) Brederoo et al. (2015) で考察されている心的発話時刻移動は,基準時刻が過去の場合のみなので,現在及び未来における心的発話時刻移動が未検討である, b) 心的発話時刻移動に言語・文化差がある可能性がある,とし,日本語文を実験文として,文の正誤判断を問う脳波計測実験を行った。 実験の結果,a) 文の正誤判断については,現在の出来事について他時刻の立場から解釈を求める文の容認性は低かったが,過去・未来について心的発話時刻移動の効果は認められなかった,b) 事象関連電位については,基準時刻の効果が300-500 msの潜時帯で頭頂部の陽性のERP成分として現れ,基準時刻の別に関わらず,心的発話時刻移動の効果が左前頭部に陰性のERP成分として観察された。但し,この陰性成分の現れる潜時帯は基準時刻によって異なっていて,過去については400-600 ms, 現在については300-400 msならびに800-900ms, 未来については700-900 msであった。また,未来については左前頭部の陰性成分がやや弱く,前頭部中央(やや右)に陽性のERP 成分が認められた。さらに,事象関連スペクトル摂動については,Brederoo et al. (2015) と同様,高ガンマ帯域に心的発話時刻移動の効果が認められたが,ベータ帯域ならびにシータ帯域についても条件差が観察された。
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