我々の脳は、視覚刺激の出現や変化を時間軸に沿って処理しているが、時間的に後から生じた事象からも修飾を受けて知覚内容を変化させる。こうした時間軸を逆行する遡及効果により、神経伝達に伴う情報処理の時間遅れを補償し、絶えず変化する外界に知覚内容を適応させていると考えられるが、その神経基盤は明らかではない。本研究では、フラッシュ・ラグ現象(動画を提示中、フラッシュが出現すると、フラッシュよりも後に提示された動画内容が同時と知覚される現象)を手がかりに、物体情報が変化する画像を観察中に視覚表象がどのように時間発展しながら領野間を伝搬するのかを明らかにすることを目標とした。 これまでに、下側頭葉の終端部であるTE野の後部、中央部、前部に埋め込んだマイクロ電極アレイから、さまざまな物体画像に対する神経活動記録を行い、物体カテゴリーに関する情報量が、画像提示後100-300msをピークに漸次低下していくことを明らかにした。さらに、物体カテゴリー情報とその方位の変化が、神経応答の時間特性にどのように影響するのか調べるためのデータベースを構築していた。 本年度は、物体カテゴリー情報の時間統合メカニズムをより詳細に調べる実験パラダイムの構築を目的として、健常者を対象とした心理物理実験を行った。カテゴリー情報の変化に伴うフラッシュ・ラグ効果を検討した結果、そのメカニズムとして、2つの従来仮説を折衷した情報処理メカニズムの存在が示唆された。また、心理実験結果の解析にあたり、視覚情報処理の非線形な効果を同定する手法を開発し、積極的に学会発表を行った。
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