本研究の目的は,走査透過型電子顕微鏡(STEM)におけるスペクトラムイメージデータにポアソンノイズを考慮した低ランク行列分解法を応用することによって,非経験的ナノ領域物性可視化法の確立を目指すことである.ナノサイズ電子プローブで試料上をナノメートルステップで走査して各点から得られるスペクトルデータは,異なる化学状態に対応する小数の純スペクトル成分の一次結合で表現される.従って実験データはスペクトル行列と標本点における各成分の存在割合(濃度)行列の積で表され,本課題はまさしくスパースモデリングの問題として捉えられる.当該領域のモデリング法を応用して,robustな化学状態毎の高分解能マッピング法の開発を目指した.従来の行列分解では,以下の問題があった. 1)EDXデータのようにスペクトルが離散的で成分間のピーク位置が重ならない場合には,NMFにより正確な基底スペクトルを同定できるが, EELSデータのように化学成分スペクトルがエネルギー軸において連続的でピーク位置に重なりがある場合には,NMFが過度にスパースなスペクトルを出力する.その影響のため,成分濃度の空間分布が不自然にオーバーラップし,成分濃度の分布を正確に同定できない. 2)データに内在する化学成分の数を客観的に決定できない.2乗誤差を基準とした場合,データに過剰フィッティングを引き起こすだけであり,成分数の最適化のための評価指標が必要となる. この問題に対して,成分の空間分布に対してソフトな直交制約を課すことで1)の問題を,さらに,データ駆動的に成分数を最適化するAutomatic Relevance Determination(ARD)事前確率分布を仮定することで2)の問題の改善を試みた.代表的な実験データにおいて,開発分解法は良好に動作した.成果は,顕微鏡の専門誌に投稿中である.
|