本研究の目的は、複雑に投射するセロトニン神経回路と、衝動性やうつ病などの表現型の関係性を、回路レベルで明らかにすることにある。本年度の主要な検討結果は以下の通りである。 1.背側縫線核セロトニン神経の投射経路を明らかにするため、順行性のセロトニン神経特異的レンチウイルスベクタ―を用いた検討を行った。その結果、背側縫線核セロトニン神経が腹側被蓋野、皮質下領域へ密に投射していることが明らかになった。 2.密な投射が見られた腹側被蓋野に、高頻度逆行性セロトニン神経特異的ウイルスベクターを感染させることで、その逆行性感染能の評価を行った。その結果、背側縫線核から腹側被蓋野に投射するセロトニン神経への特異的感染が観察されたが、感染細胞数は少数であった。 3.セロトニン神経回路の機能制御を実現するため、順行性のセロトニン神経特異的ウイルスベクターによる遺伝子発現量の向上を図った。その結果、従来レンチウイルスベクターであったものを、コピー数が100倍以上高いアデノ随伴ウイルスベクターへと切り替えることで、発現量ならびに感染細胞数の顕著な増大が見られた。 4.セロトニン神経回路の機能制御が衝動性に与える影響について評価するため、遅延を組み合わせたT-maze試験を実施した。遅延時間を増加させていくことで、衝動的選択の割合が増加したものの、セロトニン神経伝達を非特異的に亢進させるSSRIの投与では、衝動的選択の割合に変化は見られなかった。一方、セロトニンの枯渇が衝動的選択を増加させることが知られているため、衝動性の抑制・亢進の双方に異なるセロトニン神経回路が関与している可能性が考えられる。今後、前項のウイルスを用いて神経回路ごとの作用を分離して解析する必要があると考えられる。
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