Research Abstract |
本研究は,現在,日本列島において分布を北方および東方へ拡大しつつあるナガサキアゲハについて,その分布拡大経路を解明することを目的としたものである.本年度は,まず,日本への本種の侵入ルーツを明らかにするために,東南アジア,インドネシア,マレーシア,インドなど15地域において,ナガサキアゲハと形態分類によって近縁とされている種を含めた7種33個体群149個体について解析した.その結果,ミトコンドリアのND5遺伝子から有効な情報を得た. ナガサキアゲハについては,インドネシア,マレーシア,スマトラ島および周辺島嶼の個体群と,マレー半島を含むアジア大陸,インド,台湾,日本の2グループに大別された.後者においても,アジア大陸の個体群,沖縄・奄美大島個体群,台湾とトカラ列島以北の日本産個体群の3グループを区別することができ,沖縄と奄美大島の個体群はこれらの個体群の中では早い時期に隔離されたことが明らかになった.ただし,台湾では大陸型のハプロタイプを示す個体が,トカラ列島(宝島)では沖縄・奄美大島型のそれを示す個体がそれぞれ混在していた.しかしながら,屋久島以北の日本列島においては,8個体群47個体について調べたものの,沖縄・奄美大島型のハプロタイプを示した個体は検出されなかった.これらの結果から,従来より比較的長距離の移動が可能と考えられてきた本種でも,沖縄・奄美大島から直接,鹿児島本土以北へ飛来している可能性は,現時点ではきわめて低いと考えられた. また形態分類では本種と別種とされている種のうち,テンジクアゲハとパラワンナガサキアゲハはそれぞれ,アジア大陸とインドネシア島嶼のナガサキアゲハ個体群とND5遺伝子はほとんど変わらないこと,アカネアゲハとモルッカナガサキアゲハの遺伝的差異は小さいことが明らかとなり,形態による分類体系とは異なった結果が得られている.
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