Research Abstract |
研究実績の概要 本研究は,現在,日本列島において分布を北方および東方へ拡大しつつあるナガサキアゲハについて,その分布拡大経路を解明することを目的としたものである.昨年度は,ミトコンドリアのND5遺伝子を用いて,ナガサキアゲハとその近縁種間の系統関係を明らかにした.しかしながら,アジア大陸周辺の個体群間の変異は小さく,その系統関係については議論できなかった. 本年度は,ミトコンドリアのND2遺伝子を用いて昨年得られたナガサキアゲハ種群の系統の検証を行った.得られた系統はND5遺伝子による結果とよく一致した.系統地理学的な考察から,本種各個体群は最終氷期以降に隔離が生じたものと考えられる.次に日本周辺の個体群間の系統を明らかにするために,ミトコンドリア全ゲノムの塩基配列(約15300bp)を決定した.その結果,タイ,香港,海南島,台湾,沖縄,鹿児島,大阪個体群間の系統については,まず香港と海南島の個体が分岐を示し,ついで台湾,タイ,日本の個体群が三分岐を示した.大阪と鹿児島の個体間では塩基置換はなかった.このような系統を地史だけで説明することは困難であり,他の要因について新たに考慮する必要がある.最終氷期最盛期における植生の分布が得られた系統に比較的一致しており,個体群の隔離を説明するひとつの可能性として挙げられるかもしれない. 最後に本種が鹿児島本土以北へも亜熱帯地域から移入しているかを詳細に調べるために,ND5遺伝子を解析した結果,沖縄はI型とII型,奄美大島,宝島,屋久島はI型とIII型,鹿児島本土,室戸市,和歌山市,紀伊大島,愛知県,静岡県,神奈川県など太平洋側の個体群はすべてIII型であった.この結果から,南西諸島から屋久島までは移入しているものの,鹿児島本土以北への移入はないと考えられた.
|