Research Abstract |
ヒトおよびチンパンジー乳児における物理的因果性の認識 対象の動きの因果性,つまり,ある対象がなぜ動き始めるのかに関する認識がいかに発達するかについては,近年多くの研究がなされ,少なくとも生後半年までに,「静止した物体は,外力の作用無しでは動き始めない」という物体の動きの因果性の認識が見られることが報告されてきた。今年度の研究では,このような認識の発達の起源を探る研究として,進化的観点を導入し,ヒト乳児(平均月齢23ヶ月)とチンパンジー乳児(1個体)を対象に,同一の手法を用いた実験を行った。チンパンジー乳児の実験は,京都大学霊長類研究所内の実験ブースで,それぞれ行った。実験手法としては,見慣れた,あるいは自分の期待に沿った事象よりも,より新奇な事象に注意を向け,長く注視するという乳児の性質に依拠した選好注視法を用いた。刺激事象は,(1)静止しているボールが,接近してきたもうひとつのボールに押されて動く事象(正事象),(2)接近してきたボールが衝突する手前で停止したにも関わらず,静止していたボールが動き始める事象(違反事象),(3)ふたつのボールが衝突したにも関わらず,静止していたボールが動かない事象(違反事象),の3種類であった。これらの事象を,実験者が実演によって呈示した。補助金により購入したDVカメラとノート型PCにより,被験児の注視反応を記録,測定する装置を作成した。結果,まず,ヒト乳児においては,上の(1)の事象に比べ,(2)または(3)の事象への注視時間が長くなる傾向が見られ,これらの事象への驚きを示す表情や親への振り返りが観察された。一方,チンパンジー乳児に対しては,同じ手続きで12回の実験を行ったところ,後半の6回において,(2)の事象への注視時間が他への注視時間に比べて有意に長くなる傾向が現れた。これらの結果は,ヒト乳児だけでなく,チンパンジー乳児においても,上述のような物体の動きの因果性を認識する素地をもつ可能性を示唆するものである。
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