2002 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
02J07066
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
上野 愼也 東京大学, 大学院・人文社会系研究科, 日本学術振興会特別研究員(PD)
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Keywords | 古代史 / 歴史叙述 / 時間論 / ポリス社会 / ディスクール / 弁論 / 伝承 / ギリシア |
Research Abstract |
本年次の研究計画は以下の通りである。 イ、西紀前五世紀の修辞家イソクラテースの『パネーギュリコス』『パナテーナイコス』の分析を通じ、その史実理解を検討し、資料としての性質を究明する ロ、西紀前四世紀の弁論家アンドキデースの『和約論』を通じ、その真贋論争を考察し、同人及び同時代人の史実理解を検討する 資料の蒐集に困難を極め、イソクラテース研究には大幅の遅滞が生じた。一応の英文草稿は出来たものの、具体的な公刊作業には、いま少しの時日を要する。 アンドキデース研究は、『和約論』を贋作と看做すE.M.Harris氏の新説を巨細にわたって批判することにより、同弁論の真正を証した。 具体的には、一、同弁論中に見える「全権使節」なる語法が、西紀前五、四世紀の用例に合致しない 二、弁論の描く情勢が、同定年代の時局と齟齬を来す(当時は「全権使節」などを必要とする局面になかった) 三、後代のアイスキネース「使命違反」と同じ史実を描きながら、歪曲が著しい(故に偽作である) という氏の主張を検証した。 一及び二について、該当の用例を全て検討の上、これを斥けた。文献学に基づく精密な考証に心懸け、建設的な批判に努めた。三に就いては、口承の変容過程と歴史叙述の展開、その相関関係にも留意した。後代の歴史叙述が、実証的な志向を見せつつ、却って史実描写の歪曲を来した可能性に説き及び、弁論の真贋を請う根拠とは看做し難い点を強調した。 同弁論は研究課題にとり極めて重要な意味を持つ。その真贋に留まらず、論証の過程で課題の議論の一部を展開することができた。本年次の目標は、おおよそ達成したと言えよう。 上記の研究は、史料批判という基礎的な作業にも関わるものであり、広く閲覧に供すべき成果である。英文完成稿を基に、目下ケンブリッジ大学古典学部の研究者と意見の交換を進めている。来年度早々の公刊に心懸けたい。
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