2003 Fiscal Year Annual Research Report
20世紀中国の国家統合における「辺疆」少数民族問題―内モンゴル・新疆の場合(1940・50年代)
Project/Area Number |
02J07075
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
奥村 豊子 (吉田 豊子) 東京大学, 大学院・人文社会系研究科, 特別研究員(PD)
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Keywords | 中ソ関係 / 新疆 / モンゴル / 反ソ反共 / 領土・主権 / ソ連の極東政策 / 蒋介石 / 王世杰 |
Research Abstract |
国際関係、特に中ソ関係の中国辺疆統合への影響を明らかにするために、「第二次世界大戦末期の中ソ関係と中国辺疆」というテーマを設定し史料収集と研究に従事してきた。近年における台湾の新公開档案およびロシアの刊行史料は、従来のようなアメリカ外交文書を主要史料とし、国際政治決定論の立場が強い研究の見直しを要求される状況となっており、中ソ関係とモンゴル・新疆問題の研究についても同様である。このような問題関心のもとで、新疆・モンゴル問題の双方に関わっており、本来1944年春〜夏の中ソ関係を貫く大きな歴史事件でありながら、僅かに新疆問題でしか触れてこなかったアルタイ事件をめぐる中ソ交渉の過程を呈示し、悪化する一途の中ソ関係の要因、および国民政府の新疆の「中央化」・モンゴル「統合」への影響を明らかにした。主な論点は下記の通り。 第一、当時の国際環境からして、悪化する一途の中ソ関係の要因は、従来言われているような、国民党の「反ソ反共」的性格というよりもむしろ、イニシアチブをとっていたソ連の極東政策に求めるべきであり、ソ連の最大の意図はモンゴルの独立を要求することを国民政府と国際社会に示すことであった。第二、国民党の新疆「中央化」・外モンゴル「統合」への影響。日本に対抗するために、中国は対ソ宥和政策を取らねばならなかったが、しかし領土・主権に関わる新疆・モンゴル問題では、国民政府は決して妥協せず、事件をきっかけに、国民政府が新疆へ進軍でき、新疆の「主権を回収する」最大なステップが実現され、また外モンゴル問題に関しては、この頃、将来相当な自治権を与える解決案ができた。第三、戦後の中ソ交渉の大役を担う王世傑はこの時期から中国側対ソ外交の中心人物となったこと。この時期の国民政府側の対ソ案は、決定者は蒋介石であるが、合理的な政策立案者は職業的な外交官としてのキャリアをもつ王世傑であった。
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Research Products
(2 results)
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[Publications] 吉田豊子(訳), 李 嘉谷, 張盛発: "大陸における中ソ(露)関係・ロシア問題研究の紹介"近現代東北アジア地域史研究会ニュースレター. 15. 38-47 (2003)
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[Publications] 吉田豊子(共著): "国民党期中国研究"中央大学出版会(刊行予定). (2004)