2002 Fiscal Year Annual Research Report
学校教育離脱の社会的意味に関する日本・ニュージーランド比較
Project/Area Number |
02J07201
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中村 浩子 東京大学, 大学院・教育学研究科, 特別研究員(PD)
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Keywords | 不登校 / オルタナティブ教育 / ニュージーランド / 比較研究 / 教育改革 / 公教育 / エスノグラフィ |
Research Abstract |
現代日本における教育問題の一つとされる不登校を「学校教育からの離脱」として捉え直すと、その社会的現実は国や社会によって著しく異なることがわかる。今年度、本研究では日本のフリースクールや適応指導教室と類似した位置づけにある、ニュージーランドのオルタナティブ教育プログラムを対象にフィールド調査を行い、1980年代以降の教育制度改革の動向とその文脈に照らしつつ、日本の状況との比較を射程においた分析を行った。 ニュージーランドのオルタナティブ教育には、1970年代から存在するアクティビティ・センターと、1998年の施策により開始されたオルタナティブ教育プログラムがあり、後者は1980年代以降の教育改革の副産物としての性格をもつ。考察の対象は、主として私的主体に担われながら、公費支援を受けることとなった後者に絞った。それはいわば、私教育の「公」化の事例ととることができるからである。主要な調査成果は以下の通り。 まず、オルタナティブ教育プログラムに公費支援がなされたことで、「問題児」への対応経験が豊富な場の経営が安定し、さまざまなアクティビティが可能となり、子どもに相性のよい場を見つけるコーディネーターが雇われ、さらには、学校とオルタナティブ教育の場との連携が育まれようとしている。 しかし同施策が定着してきた現在、公立学校同様に評価監査が導入される方向にある。教育省や学校などが「結果」の提示を求めるようになれば、ソシャル・ワーカー等現場従事者との軋轢も充分予想される。 使途を定めない公費支援により、同プログラムは確かに、活動内容を自由に発展させることができた。しかし「公」化によって、「結果」の評価が前提とされるとき、それは活動内容の自由を阻害する危険性を多分にはらんでくる。なにをもって「結果」あるいは「アカウンタブル」とすべきか、「オルタナティブ」な場だからこそ、厳密な見極めが必要である。
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