Research Abstract |
1986〜98年度において強力粉卸売価格は24.1%下落したが,食パン卸売価格の下落率は2.8%に留まった.本研究では,硬質小麦の政府価格の引き下げを受け,強力粉価格が低下した80年代後半以降に,食パン卸売価格が下方硬直的であった要因について,製パン最大手企業のデータをもとに,費用構造と市場の競争性の観点から分析を行った. 費用構造分析の結果,80年代後半以降,強力粉や他の原料の費用割合が低下する一方で,人件・労務費の費用割合が増したことが指摘できる.これは,90年代に食料品製造業の賃金上昇が抑制される中,製パン業の一人当たり実質賃金が増加したことに起因する.また,活発な投資活動にもかかわらず,労働生産性の向上が停滞したことと関連していると推察される. 推測的変動とマークアップ係数の計測の結果,70年代の大手企業間の販路拡大競争と70年代後半の製パン小売業の台頭によって,食パン卸売市場の競争性は高まったと推察される.しかし,80年代以降,大手企業の食パン市場シェアが拡大すると,市場の競争性は弱まった.市場の競争性に対する大手企業の主観的な認識が70年代末の競争的な水準で,かつ89年以降,最大手企業の市場シェアが拡大せず,もしくは85年の合併以前の水準に市場シェアが縮小していたならば,食パン卸売価格は90年代末の水準より約6〜12%低かったと推定される. 価格伝達性は,特に国民年金生活者など,食料品の支出割合の多い消費者にとって重要な問題である.食料品支出は毎日行われるものであり,たとえ数十円の価格引き上げでも,年額に換算すれば消費者負担は大きい.農家への直接支払い等,財政負担型農政への移行に理解が得られたとしても,農産物価格の低下によって本来享受すべき消費者余剰が,市場集中化のもと消費者に還元されなければ,国民は財政負担の発生と消費者余剰の喪失という二重負担を強いられる.
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