2005 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
03J04433
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
山本 一也 京都大学, 大学院・人間・環境学研究科, 特別研究員(PD)
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Keywords | 藤原高子 / 正子内親王 / 藤原順子 / 廃后 / 皇后 / 皇太后 / 太皇太后 / 女院 |
Research Abstract |
皇太后藤原高子(清和天皇キサキ)が寛平八年に皇太后位を廃された事件については、東光寺の僧善祐との情事という個人的なスキャンダルによるものというのが定説であった。しかし、正子内親王(淳和天皇キサキ)と藤原順子(仁明天皇キサキ)がともに太皇太后として並立している事実にも注目し、高子と正子の状況の共通点を指摘した。つまり、(1)背景には皇統の交替があり、それによって子孫が皇位継承から排除されたために皇統から外れてしまった后、いわば「先皇統の后」が発生するという点、(2)天皇の代替わりか新しい后の冊立に伴って后位が決定される中で、后同士の年齢が近くなるために、后位の定員がうまりやすくなる点の二点を指摘した。すなわち、高子と正子こそが「先皇統の后」なのであり、また、高子の廃后の際にも、正子と順子が太皇太后として並立した際にも、后位に適当な空きがない状態なのであった。そんな中で、「先皇統の后」は現皇位継承者との血縁関係が薄く、その立場は極めて脆弱・不安定なものとなるので、后位の定員がうまっている中で新たな后を立てる際には、空きを作るために排除される可能性が高くなるのであった。つまり、高子の廃后も、「太皇太后」としての正子の不安定な状況も、「先皇統の后」として立場が脆弱なために、定員がうまっている后位の序列から排除された結果であったと結論した。 さらに、后位の定員がうまっている際の対処方法の変化ついても論じた。すなわち、平安中期における皇位継承の非直系化と皇后の常置化により、皇后・皇太后・太皇太后という三つの后位では足りない状況が発生しやすくなると、皇后と中宮を別個の后位として分離し、后位を四つに増やして対処したこと、そして、皇位の非直系継承がさらに続き后位が速く回転する中で、四つでも足りない状況が発生するようになると、女院を受け皿にすることで新しい后の誕生を可能にしたことを明らかにした。
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Research Products
(1 results)