Research Abstract |
当初の研究計画では採用2年目は,落葉広葉樹林が広く分布する渓流沿いと落葉広葉樹林の面積が狭い丘陵地上部で,オオムラサキ幼虫の密度,死亡率とその要因,成虫の密度,産卵数を調べる予定であった。しかし1年目に行った調査により,渓流沿いの落葉広葉樹林には,中洲や谷壁斜面に成立する渓畔林とその後ろの緩斜地に造成された二次林とに区分でき,両者の間で幼虫・成虫の密度が異なることが示唆された。このため,渓畔林と二次林がオオムラサキとその餌植物の個体群維持に果たす役割を明らかにする必要が生じた。そこで平成16年度は,当初の計画を若干変更し,山梨県北社市(旧長坂町)の大深澤川流域の渓畔林と二次林において,本種の幼虫・成虫の密度と餌植物の分布再生様式を調べた。その結果,餌植物であるエノキとエゾエノキは攪乱に依存した樹種で,渓畔林では河川による洪水や谷壁斜面の土砂崩れなど自然攪乱が再生要因となっているのに対し,二次林ではコナラ・クヌギの皆伐や雑草木刈り払いなどの人為的な攪乱が再生要因であることが明らかになった。二次林では切り株から再生したクヌギやコナラに競争で負けているため小径木が多いのに対し,渓畔林では胸高直径50cmを越す大径木が多かった。餌植物の根元で越冬する幼虫の個体数は,二次林よりも渓畔林で有意に多く,これは渓畔林に大型の木が多いためと思われた。一方,成虫の密度は渓畔林で有意に高かった。渓畔林では,川の水際の湿った石を舐めていた雌雄成虫の数,交尾個体,縄張りを張る雄の数が二次林よりも有意に多かった。しかし,二次林では林内で休息をする雌の個体数,広葉樹の樹液を吸う雄の個体数が渓畔林よりも多かった。以上より,渓畔林と二次林ではオオムラサキの個体群維持に果たす役割が異なることが示唆された。すなわち,渓畔林と二次林ではエノキとエゾエノキの再生様式が異なり,大木が存在する渓畔林は幼虫の生息場所,雄成虫が占有行動を行う場所,雌雄成虫の吸水・求愛・交尾場所として重要である。一方,二次林は雌成虫の休息場所,雄が栄養物である樹液を得る場所として重要である。従って本種の保全には,渓畔林が成立する河川と後方の二次林がセットになった景観を維持することが重要といえる。渓畔林では洪水や土砂崩れを防止する砂防ダムや堰堤を極力作らないこと,氾濫によって中洲が生じるよう河川幅を確保することが重要である。しかし,やむを得ず砂防ダムを造成する際には,渓畔林で部分的に皆伐を行い餌植物を再生させることが必要と思われる。本研究は単にオオムラサキの保全策の提案だけでなく,渓畔林と二次林を合わせた景観管理手法を野生生物の生息地保全の視点から考える際に役立つ資料となるであろう。以上の内容は関連学会で発表し,良い評価を得たので,今年中には英文で国際誌に投稿する予定である。
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