Research Abstract |
海洋に存在する窒素量は,海洋での基礎生産を制限する要因の一つとされ,その変動は全球規模での炭素循環にも影響を及ぼすと考えられている.熱帯北大西洋では,大気中のN2を利用する藍藻(Trichodesmium)によって,新たに約30mgN/m^2/dayの窒素が海洋にもたらされている.西赤道太平洋スールー海においても窒素固定を行うT.thiebautiiの分布が報告されており,スールー海は窒素供給海域の一つとして考えられている.本研究では,堆積有機物の炭素・窒素安定同位体分析に基づき,全球規模の古気候変動におけるスールー海での窒素固定の規模とその原因について明らかにすることを目的とした. [方法] 白鳳丸KHO2-4次航海で採取されたスールー海中央部のピストンコア試料(SUP8:水深約3800m,全長13.5m)を対象として,無機炭酸塩を除去した堆積物についてFisons NA1500元素分析計とFinnigan MAT252質量分析計を用い全有機炭素量(TOC),全窒素量(TN)とそれらの安定同位体比(δ^<13>C,δ^<15>N)の分析を10-20cm間隔(数1000年の時間解像度)で行った. [結果・考察] 対象とした柱状堆積物は,浮遊性有孔虫(G.Sacculifer)のδ^<18>O曲線とSPECMAPのδ^<18>O曲線との対比に基づき,過去およそ70万年間に形成された堆積物だと考えられた。全層準でのTOC量は概ね0.3%以下であり,低い有機物含有量で特徴づけられる.本コアのTOC量は完新世よりも最終氷期の方が多くなっており(2-3倍),これまでの研究で指摘されているように,氷期の冬季東南アジアモンスーンの卓越に対応して,基礎生産が増加していたことが示唆される.また本コアのCaCO_3含有量変動に着目すると,30%弱で一定期間変動しない層準が4回認められる事が明らかになった.一般に,これらの層準は低いδ^<15>N値(<4‰)で特徴づけられる.このうち,最終氷期極相期(22-18ka)からヤンガードリアス期(11ka)にかけて発生している最上部のイベントでは,δ^<15>Nは次第に減少しその後増加し,YDで再び減少する特異な傾向が見いだされた。特に,δ^<15>Nが増加する層準では.底層の低酸素状態を示唆する成層構造の発達が見られ,さらにその直上ではTOCに富む暗色層の発達が確認された.この融氷期イベントの間,δ^<13>C値はおよそ-19‰で,この層準の堆積物は陸起源有機物の影響をあまり受けていなかった.δ^<15>N値が軽くなる要因としては,海水の硝酸δ^<15>N値の低下,表層の富栄養化による分別効果,陸起源有機物の寄与,窒素固定の影響などが考えられるが,本研究では窒素固定を行う藍藻の大規模なブルームの影響を考えている.その理由は,南シナ海やスールー海と似たような海洋環境にある東シナ海でのδ^<15>N値は融氷期に緩やかに増加しており,海水の硝酸δ^<15>Nが低下していたとは考えられない点.ナンノ化石に基づく研究では,融氷期には鉛直混合が弱まっていたと考えられており,湧昇による表層の富栄養化は示唆されない点.さらに,融氷期イベントでは,陸起源有機物による影響が希薄な点などから,この時期,窒素固定を行う藍藻の大規模なブルームの存在が考えられる. また,南シナ海北部で掘削された柱状堆積物のδ^<15>N変動と比較した場合,最終氷期以降の傾向がスールー海のδ^<15>N変動とほぼ同調している事が分かった.南シナ海南部のスンダ陸棚では,14.6kaから300年間において,約16mの相対的海水準の上昇が記録されており,この一部はチベット高原や中国内陸部の融雪水に起因すると思われる.これらの淡水の流入が,南シナ海とスールー海での表層水の淡水化とそれに伴う成層化を引き起こしていた可能性がある.これまで,氷期にダストの供給が強まることによって,窒素固定が強化されていたのではないかと考えられていたが,西赤道太平洋においては融氷期に窒素固定の強化が起こっていた可能性がある.これは,ダスト起源の鉄供給よりも表層の成層化が窒素固定を引き起こす要因だった可能性を示唆している。
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