2005 Fiscal Year Annual Research Report
中世文学に見られる異国人に関する研究-明恵と元暁・義湘を中心として-
Project/Area Number |
05F05262
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
渡部 泰明 東京大学, 大学院・人文社会系研究科, 助教授
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
KIM I.j. 東京大学, 大学院・人文社会系研究科, 外国人特別研究員
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Keywords | 明恵 / 元暁 / 義湘 / 華厳縁起 |
Research Abstract |
日本の鎌倉時代に生きた明恵は、華厳宗の復興に力を注いだ僧侶であるが、時・空を越えて新羅の高僧元暁と義湘に傾倒していた。京都の高山寺に伝来した『華厳縁起』(国宝、『華厳宗祖師絵伝』とも呼ばれる)は、7世紀頃の新羅の高僧元暁・義湘という二人の事跡に関する伝奇的説話を題材とするもので、全6巻の絵巻である。しかも、明恵が書いたとする絵巻の詞書には、元暁・義湘にの伝記と説話が詳しく語られている。この現存六巻巻本『華厳縁起』の詞書の関しては、『宋高僧伝』巻四「義湘伝・元暁伝」の本文を主な出典としているといわれるが、義天撰の『円宗文類』と明恵の『光明真言土沙観進記』など他の文献も参考にしていると思われ、必ずしも漢文テクストの単純な和文化とは言えないところがある。 この『華厳縁起』の成立をめぐって、従来の研究では義湘絵を明恵の善妙寺建立と関連付けて善妙寺に善妙像が安置された後に絵巻が制作されたとし、元暁絵を明恵の光明真言信仰と深く関わっていることから、明恵示寂以前の制作と見て、両絵巻の制作貞応二年(1223)より、安貞二年(1228)前後になされたと推定された、しかし、本研究では義湘絵の成立を当時承久の乱(1221)によって肉親を失い、明恵のもとで帰依出家した女性達を善妙の故事にちなんで女人救済を目的として高山寺において作られたものとし、義湘絵を承久の乱以後より善妙寺創建(1223)以前の成立と考えられる。また、元暁絵の成立に関しては、明恵の光明真言土沙加持の信仰と密接な関連があり、明恵が光明真言信仰の根拠を求めた元暁の著『遊心安楽道』と関連づけて、若い頃から思想や信仰の面で明恵の元暁への深い傾倒が『明恵上人伝記』などに見え、それが絵巻制作の背景になっていると見て、『光明真言土沙勧進記』が完成された安貞二・三年の間になされたものではないかと推定される。これについては、佛教文学会大会において研究発表を行った(2004・6、於立教大学)。 なお、『華厳縁起』における元暁・義湘伝について、まず元暁の伝記では、(1)元暁が義湘と共に入唐する途中、鬼の夢に開悟して唯心の悟りを得て国に留まった話、(2)元暁の自由奔放な生活ぶり、(3)元暁が『金剛三昧経』の論疏を作って王妃の病気を癒した話について、詞書の出典とされる『宋高僧伝』は説話的要素が濃く、『三国遺事』・『宗鏡録』・『林間録』と比べてかなり相違点が見られ、その内容を比較・分析すると共に、元暁の学問や行状が日本に及ぼした影響関係を検討した。また義湘の伝記では、『三国遺事』「浮石本碑の記事によって、義湘の入唐時期と上陸地を考察した上で、義湘の帰国の折り、善妙が大龍と化身する話や大盤石となって小乗の雑僧を追い払い、華厳教を擁護したという話などをめぐって、『宋高僧伝』・『円宗文類』・『高山寺縁起』などと関連づけて、義湘と善妙に関する説話の日本における受容と形態を追及した。日本における元暁・義湘伝に関しては、韓国日本学連合会第3回国際学術大会(2005・7、於南ソウル大学)で研究発表を行った。
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Research Products
(5 results)