2005 Fiscal Year Annual Research Report
16世紀のイングランド及びスコットランドにおける歴史の伝達形式を探る
Project/Area Number |
05J08071
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
中野 涼子 慶應義塾大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Keywords | 歴史書 / スコットランド / 翻訳 / 読者層 / ラテン語 / 自国語 |
Research Abstract |
16世紀スコットランドにおける歴史家、ヘクター・ボエスのラテン語作品Scotorum Historiaと、ジョン・ベレンデンによるスコットランド英語訳、Chronicles of Scotlandを比較考察した。ベレンデンは何度も改訂を重ねているため、現存する写本のそれぞれのテクストと印刷本のテクストは異なる。このことを踏まえ、ボエス、ベレンデンの写本、そして印刷本という、ひとつの歴史書の変遷を辿ると、ボエス、ベレンデンともに読者、パトロンを強く意識して作品を執筆していたことがわかってきた。これまで指摘されてきたボエスとベレンデンの相違点に加え、ベレンデンの写本と印刷本においても異なる読者層を想定したがゆえに生じた相違点が散見される。さらに、このような読者層を意識した作品制作においても、作者自身の政治的、社会的立場が強く反映されているということも注目に値する。ボエス、ベレンデンともに作品を国王に献呈しているにもかかわらず、両者の国王との関係はきわめて異なったものであり、その両者の立場の相違がテクストの中に明白に表れている。同様の事象を記述する際に、両者が正反対ともいえる表現方法をとる場合がみられる。これはボエスが完全に国王擁護の立場をとっているのに対し、ベレンデンは国王と対立関係にある貴族と強い繋がりがあることに起因する。しかし、ベレンデンのテクストを詳細に検討してみると、彼はこのような複雑な立場から生じる軋轢をうまく回避する技術を身につけていたことがわかる。それは作品中にエラスムスの著書の一部を援用することによって、自らの作品を君主論というジャンルの中に位置づけ、自らの意図をカモフラージュすることである。このような一つの歴史書の変遷は、パトロン制度が確立してまもないスコットランドにおける文学と宮廷の関係を表す一つの例として捉えることが可能といえよう。
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Research Products
(1 results)