Research Abstract |
統合失調症の代表的な症状のひとっに妄想がある。この妄想に類似した観念が,精神的な疾患を持たない健常者にも少なからず存在することが,近年の研究により明らかになってきた。この,健常者にも広く見られる妄想に類似した信念のことを,妄想的観念と呼ぶ。 妄想的観念は単一の原因によって発生するのではなく,いくつかの要因が複雑に絡み合って生起し,維持されると考えられている。考えうる複数の発生要因のうち,近年特に有力視されているものが,情報収集量バイアスである。情報収集バイアスとは,推論を行う際に,情報収集量が過少である段階で性急に結論を出してしまう推論傾向のことである。この推論傾向は,妄想を持つ者と妄想的観念を持つ者の双方で一貫して確認されている。 しかし,昨年度に実施した研究では,妄想的観念を持つ者でも,状況によっては情報収集量が増大することが明らかとなった。そこで,健常大学生154名を対象に確率推論課題を連続して実施し,情報収集バイアスが,どのような状況において最も生じにくいか確認した。妄想的観念の測定には,妄想的観念尺度(PDI)を用いた。その結果,初回課題に情報収集量の制限を設けなかった条件において,PDI得点高群は低群より情報収集量が少なかった。一方,初回に情報収集量の制限を設け,徐々に制限を緩めていった条件では,PDI高群の情報収集量は低群より増加した。この結果は,妄想的観念を持つ者は,常に情報収集量が少ないわけではないことを示している。つまり,推論の初期に何らかの基準が与えられた場合は,その基準に従って情報収集を行う結果,情報収集量が増大するのだと考えられる。また,何も規準が与えられなかった場合は,情報収集バイアスが生じるのだと考えられる。このことから,認知療法を応用し,具体的に基準を示しながら推論時の情報収集量増加を促すことが,妄想や妄想的観念の低減に有効である可能性が示唆される。
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