Research Abstract |
シナプス構造は生体内ではアストログリアのもつ微小突起によって取り囲まれ,アストログリアの直接相互作用によるシナプス機能の制御の可能性やシナプス新生におけるアストログリアの役割が示唆されているが,その実態に関しては依然不明の点が多く,そのようなアストログリアの役割を支持するような形態学的解析は,主に神経とアストログリアを同時にイメージングすることの技術的困難さのために欠落している状態である.そこで我々は当研究室で開発された,マウス海馬スライス標本におけるシナプス結合をシナプス前部・後部特異的な蛍光標識を行なうことにより可視化する技術を応用して,海馬スライス標本においてアストログリアをアデノウイルス感染によるloxp-Creシステムを用いたGFP発現によって可視化し,さらに近傍の海馬錐体細胞をローダミンデキストランの単細胞へのエレクトロポレーションによって可視化した.こうして,アストログリア微小突起とその近傍に存在する神経の構造的関係を生きた状態で検出することが可能となった.また,研究代表者は昨年度において,シナブス-アストログリアの海馬CA3およびCA1領域における微細構造の,電子顕微鏡連続切片からの完全な立体再構築を行なっており,電子顕微鏡解析像と二光子顕微鏡解析像を比較することが可能であり,このような蛍光顕微鏡画像と電子顕微鏡画像を比較検討的に解析できることは本研究の特色のひとつである.先述した方法を用いてアストログリアと神経を可視化した海馬スライス標本を二光子顕微鏡を用いてタイムラプス観察することにより,両者の構造的ダイナミクスを検出する実験系を確立した.我々は海馬スライス標本の幼若な時期に注目し,この時期にしばしば見られるフィロポディアやstubbyと呼ばれる樹状突起から突出する未成熟な突起の成熟過程に対して,アストログリアが何らかの積極的な役割を持つのではないかと考え研究を進めてきた.培養3-7日の幼若な海馬スライス標本を二光子顕微鏡を用いてタイムラプス観察した結果,これまでに次のようなことがわかった.それは,「アストログリア突起の接触があった樹状突起から突出する未成熟な突起は,アストログリアの接触がまったくなかった突起よりも存在時間が有意に長く」,「アストログリア突起との接触をもつ樹状突起からの未成熟な突起は,接触がない突起よりもスパインを形成しやすく(スパインは樹状突起から突出する突起の成熟した形態であると考えられている)」,さらに「Rac1の変異型(ドミナントネガティブ)をアデノウイルスを用いてアストログリアに発現させると,樹状突起から突出している未成熟な突起は,コントロールよりも有意に長く,かつスパインではない形態を示した」というものである.これらの結果は,アストログリアの接触と,神経の突起の成熟過程において相関関係があるのみならず因果関係があることをも示唆するものである.今後はさらに上で述べた結果に関係する可能性のある分子を,その機能を阻害した条件での形態学的観察を行なって調べていく予定である.可能性のある分子メカニズムの具体例としては,アストログリア膜上に豊富に存在するEphrinA3とそのレセプターであり神経に発現しているEphA4のシグナルを介したメカニズムや,細胞外基質の1つでありアストログリアが分泌するthrombospondinなどを想定して実験を進める予定である.アストログリアを生きた組織でタイムラプス観察をした報告はまだごくわずかしかなく,その点で本研究は先進的である.さらにスパインの成熟過程に対するアストログリアの役割を示唆する報告は皆無であることから本研究の重要性は非常に高いものである.これらの成果の一部を文部科学省科学研究費補助金特定領域研究「グリア-ニューロン回路網による情報処理機構の解明」班会議(今年度7月,1月)において報告した.
|