2008 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
06J11579
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
弓削 達郎 The University of Tokyo, 大学院・総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Keywords | 非平衡定常状態 / 電流ゆらぎ / 分子動力学シュミレーション |
Research Abstract |
本研究では非平衡定常系における普遍的な性質を見出し、非平衡統計力学の理論的枠組みを構築するための手がかりを得ることを大きな目標とし、その手段として典型的な非平衡系であるマクロ電気伝導体の分子動力学シミュレーションによる解析を行ってきた。 電気伝導体のモデルとしては、非平衡系としての一様なマクロ伝導体の本質的な要素をもった古典力学的なモデルを用いた。このモデルは電子、フォノン、不純物という3種類の粒子からなっており、外部電場Eによって電子を駆動する。電場から供給されるエネルギーはフォノンを通じて系の外の熱浴へと散逸する。本年度は、流れのゆらぎにおける普遍的性質の研究を主に行った。 一様なマクロ伝導体のモデルにおいて、伝導体中を流れる電流Iのゆらぎを調べた。平衡状態(E=0)においては、電流のパワースペクトルSI(w;E=0)と微小な交流電場に対する応答関数m(w;E=0)の間に揺動散逸関係式(fluctuation dissipation relation;FDR)SI(w;E=0)=2kBT0m(w;E=0)が成立する(T0は熱浴の温度(=系の温度))。一方、非平衡定常状態(E≠0)では、この関係式は一般に破れる。このモデルの解析の結果、まず、振動数wが高いところではTeを電子系の運動論的温度としてSI(w;E)=2kBTe m(w;E)が成り立つことを見出した。これは、短い時間スケールでは系が平衡か非平衡かを区別できないことの一例を示している。一方、振動数が低いところでは電子系の温度を使っても、熱浴の温研度を使ってもこの関係式は成り立たない(SI(w;E)≠2kBT m(w;E),where T=Te or T0)ことが分かった。 ここでの主要な結果は、この低振動数領域での電流ゆらぎを熱ゆらぎSthと過剰ゆらぎSexsに分解し、熱ゆらぎとしてSth=2kBT0 m(w;E)を用いたとき(温度としては熱浴の温度T0を用いる)、過剰ゆらぎの電流の平均値に対する振舞が、Sexs〓0(|I|<<10),Sexs〓W(|I|-I0)(|I|>>10)という漸近形の間をクロスオーバーするというものである。この後者の振舞はショットノイズ(平均電流の絶対値に比例するゆらぎ)を表している。すなわち、FDRの破れは本質的にはショットノイズが出現することにより起こるということを示している。このFDRの破れの性質はマクロ電気伝導体では初めて示されたものであるが、この系以外にもジャンクションのある伝導体やメゾスコピック伝導体、非線形光学物質など運動量流(物質流)を伴う非平衡系において普遍的に成り立つものと言える。注目すべきは、ミクロに見たときの電流ゆらぎの基本的な起源が、マクロに一様な伝導体では伝導体全体にわたる相互作用する粒子系のカオス的な運動であるのに対し、ジャンクションのある系やメゾスコピック系では局所的な領域における相互作用しない粒子の確率的性質であり、かなり性格の違うものであるにも関わらず、マクロに発現する性質は普遍的なものであるという点である。これは、この背後に非平衡定常状態における統計力学的な理論的枠組みの存在を強く示唆するものと考えられる。
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Research Products
(2 results)