Research Abstract |
報告者は,平成20年度に実施した研究成果は以下のとおりである。(1)5月17日,日本モンゴル学会において,「清代アラシャン=ホシュート部王公のジャサク旗支配の一側面-称号と印章の分析を中心に-」のタイトルで口頭発表を行ない,以下のことを明らかにした。乾隆40年代,アラシャン=ホシュート部の第三代ジャサク王公は,属民を有効に支配するため,バク(ジャハ)という行政区分を画定し,そして,在来の等級制度を引き続き利用して,配下の有力者に称号を与えるカショク文書を発給して優遇し,「王公-称号被授与者-属民」の形で,ジャサク旗を一円的に支配した。また,歴代のジャサク王公はダライ=ラマと清朝皇帝から授けた称号と印章を用いて自分の権威を証明し,属民を支配していた。(2)7月19日,第45回野尻湖クリルタイにおいて,「『ロブザン=ダンジンの乱』前後における青海ホシュート部の動向と清朝の西北情勢」のタイトルで口頭発表を行ない,チベット駐在時期から青海ホシュート部の親王ロブザン=ダンジンはすでに清朝を攻撃する計画があった,有力者チャガン=ダンジンが清朝に情報を漏らしたことを知って彼を攻撃したなどのことを明らかにした。(3)7月26日から8月16日まで,モンゴル国のウランバートル市・コブド県において,清代ハルハ=モンゴルの王公らが用いていた印章の調査を行った。(4)9月4日から18日まで,中国アラシャン左旗档案館で,「清代アラシャン=ホシュート部ジャサク衙門档」の史料収集を行った。今回の档案史料を利用して,10月29日,筑波大学大学院の東洋史研究演習で「清代におけるアラシャン=ホシュート部とダライ=ラマ政権との関係」のタイトルで口頭発表を行なった。(5)11月5日,『内陸アジア史研究』雑誌に,論文「『ロブザン=ダンジンの乱』前後における青海ホシュート部の動向」を投稿した。査読の結果,該誌の第24号に掲載することが決定した。
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