Research Abstract |
平成20年度は,研究目的であるアワノメイガの雌雄間の音響交信における発音の機能の解明について,研究実施計画に沿って研究を遂行した.得られた実績を下記に示す. 1.アワノメイガのメスによる音刺激に対する認識能の有無を明らかにするため,聴受容細胞の応答特性と運動神経への出力を調査した.本種の腹部にある聴受容細胞の出力を一点で測定するため,聴受容細胞と一次中枢である胸部神経節との間でタングステン・フック電極にて細胞外記録を行った.本年度においては,配偶者であるオスの発する超音波の時間構造およびコウモリの発する超音波の時間構造を有す合成音を適刺激として実験を行ったが,現在のところはまだ予備調査の段階であり,実験技術の習得中である.聴受容細胞の応答特性の解明は今後継続して行う予定である. 次に,飛翔時の飛翔筋電位の音刺激に対する変化を測定した.各種音刺激(オスの超音波,コウモリの超音波)に対する応答の違いを調査した結果,飛翔中にコウモリの超音波を受容すると特徴的な捕食者(コウモリ)回避行動として螺旋飛翔や地面へのダイブなどの反応を示した.しかしながら,この行動反応は配偶者であるオスの超音波に対しても同様に引き起こされることが確認された. したがって,本種のメスはオスとコウモリの発するそれぞれ時間構造の異なる超音波を聞き分けていないことが示された.このことは,ガの音響交信がコウモリによる捕食を回避する行動反応により進化したことを裏付ける. 2.アワノメイガのように微弱な超音波を配偶行動に利用することは,他の生物による盗聴を回避できるなど適応的である.したがって,他の様々なガにおいても微弱な超音波を利用している可能性がある.そこで,多岐の分類群に渡る13種のガの配偶行動を観察し,発音の有無を検討した,その結果,調査した種の7割にあたる9種で微弱な超音波の発音が確認された.これまで,ガの音響交信は稀有な事例とされてきたが,実際には多くの種で音響交信していることが示唆された. 3.アワノメイガ以外のガにおいても上記1.と同様の実験を行った.その結果,キマエホソバと言うがでは,オスとコウモリの超音波を聞き分けていることが明らかになった.この時,オスの超音波に対しては交尾行動を,コウモリの超音波に対してはみずから発音し,コウモリのソナーを妨害するなどの捕食者回避行動を示すことが分かった.ガの聴受容細胞は極めて少数であることから,音の時間構造に基づいて音の種類を認識する脳内情報処理メカニズムが発達していることが示唆される.このようなメカニズムは,例えば自動車に搭載されうる障害物回避システムに将来応用できる可能性を持つ.
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