2008 Fiscal Year Annual Research Report
精神分析の翻訳論と翻訳の精神分析-ドイツ語/日本語の初期システムを手掛かりとして
Project/Area Number |
07J05435
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
佐藤 正明 Waseda University, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Keywords | 性 / セクシュアリティー / 精神分析 / 翻訳論 / カセット効果 |
Research Abstract |
日本における精神分析の理論的表現に不可欠な漢字「性」は、「Sexualitat」の訳語として1900年代初頭より盛んに使用されけじめ急速に定着した用字であるが、性善説・性悪説以来、中国語のなかで伝統を背負ってきた重要な文字であり、日本においても一般に「人にあらかじめ与えられた傾向・素質、心の本体」の意味で広く使用されてきた。本年度の研究では、日本における精神分析受容史の土台をより明らかにする目的で、1.明治期を中心とした辞書・字典類および文献資料を基に漢字「性」の使用法の変遷を分析し、2.同文字の機能を翻訳論、および精神分析の観点から考察した。 1.「性」は19世紀前半より中英、日英字典で「nature」「natural disposition」などと訳されているが、その広範な語義により江戸末期から西欧語の翻訳に多用され(例:「substantiv」=「性ノ発顕スル」、『波留麻和解』、1796年)、文法用語「genus」「gender」や、西欧で急速に発達した生物学の用語「sexus」の訳語にもしばしば「男女ノ」「雌雄ノ」という限定付きで「種類」「別」などと並び充てられた。2.「性」は、他の訳語候補と比べてラテン語の「secare(分ける)」を語源とする[sexus]の語義の特徴を最も具体的に表現しない漢字であるが故に、意味深長な新しい内容がある筈だという幻想を最も詰め込み易いカラの記号として機能した(柳父章、「カセット効果」)。フロイトによれば、幼児の身体感覚と知識(言葉の網の目)で把握できない「性」現象が理解の穴となり、不安を伴って過剰な想像で埋められ、その後の心的生活に支配的な影響を与える。この意味で、日本の言説において「性」という漢字そのものが「性化」され、深い意味の「みかけ」(ラカン)が与えられた。その曖昧な基礎の上で精神分析は受容され、現在に至っている。
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