1996 Fiscal Year Annual Research Report
『パンチ』を中心にした英国ヴィクトリア朝期諷刺図像の文化的研究
Project/Area Number |
08610476
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Mie University |
Principal Investigator |
篠 三知雄 三重大学, 教育学部, 教授 (90019836)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
宮地 信弘 三重大学, 教育学部, 助教授 (30144223)
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Keywords | 表象 / 『パンチ』 / ディケンズ / ヴィクトリア朝イギリス / 諷刺 / 図像 / self-help(自助) / 家父長制 |
Research Abstract |
本年度は特に『パンチ』に描かれた病める都市ロンドンの表象と作家ディケンズが描いたロンドンの描写の比較検討というテーマに絞って考察を進めた。19世紀のヴィクトリア朝イギリスを万華鏡のように映し出す諷刺週刊誌『パンチ』は「飢餓の40年代」と言われる1841年7月に創刊された。上は政局や時事問題から下は風俗・習慣・流行に至るまでありとあらゆる社会の側面を扱い、文字と図像の合体によって非常な人気を博した.創刊当時の『パンチ』は「貧困」という社会的問題大きく扱い、ロンドンの貧富の差による権力構造を諷刺図像の中に見事に暴き出している。たとえば、「資本と労働」と題する諷刺図は画面の上3分の1が上流社会の貴族が優雅にくつろいだ場面で、下3分の2が貧者たちが地下の穴蔵に閉じ込められた図となっている。地下の世界に封じ込められた不具者や病気の者、乳飲み子を抱えた女たちは、労働を搾取され、絶望の表情を浮かべて生ける屍のように描かれている。この図像は富を持つわずかな上流階級が貧困階級を地上世界から排除して、経済活動の下部横造において支配し、その労働の生み出す利益の上に余暇を享受するといった当時の病めるロンドンの有り様を、上下二分割の構図によって余すところなく描き出している。この富者と貧者の対照という手法は『パンチ』においてしばしば用いられる諷刺の常套的手法である。また当時のロンドンは、人口増加によって、生活環境が悪化し、しばしばコレラに襲われた。『パンチ』はその様子を克明に描き、大都市ロンドンの病んだ実体を浮き彫りにする。(「病い」の比喩は『パンチ』だけでなくディケンズ作品にも氾濫している。)ディケンズ作品でも「貧困」は基本的なモチーフとして現れ、救貧院における貧者の搾取という実体が執拗に描かれる。たとえば、『オリヴァー・トウィスト』において主人公オリヴァーはたえず「空腹」に悩まされている。また、彼にとってロンドンは最初自由な「大いなる大都市」として映るが、作家はすぐにその悲惨な実体が暴き出していく。ここにも見かけと実体という二分割の手法が用いられており、その二分割法あるいは対照法こそが社会悪を糾弾するときの文字テクスト(小説)と図像テクスト(諷刺図)に共通した強力な諷刺の方法であることを確認した。
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