2009 Fiscal Year Annual Research Report
旧イギリス帝国ドミニオンにおける多文化主義的ナショナリズムの展開
Project/Area Number |
08J00974
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
津田 博司 Kyoto University, 文学研究科, 特別研究員(PD)
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Keywords | イギリス帝国史 / 多文化主義 / 脱植民地化 / ナショナリズム / オーストラリア:カナダ |
Research Abstract |
今年度は、多文化主義導入後のカナダおよびオーストラリアにおいて、かつての「他者」である非イギリス系の人々を包摂するナショナリズムの形成過程について考察した。具体的な分析対象としては、カナダについては、1964年の「大国旗論争」での戦争の記憶の語られ方、オーストラリアについては、1970年代後半からのアンザック・デイの変容を検証した。 カナダの大国旗論争においては、新国旗制定派と反対派が共通して、世界大戦の意義を論拠として議論を展開した。そこでは、イギリス系とフランス系という枠組みをこえて、そもそも民族的に多様な出自からなる「カナダ人」が共通の祖国のために団結して戦った、という戦争認識が共有されていた。こうした記憶の読み替えからは、メープルリーフ旗の制定が、イギリス帝国の終焉に伴うアイデンティティの空白を埋めるための、多文化主義に基づく調和的な国民統合の試みであったことが確認できた。 アイデンティティの動揺の問題は、オーストラリアにも共通していた。戦没者追悼の次元では、ヴェトナム反戦運動に参加した若年層を中心として、アンザックの伝統への批判が高まった。例えば、フェミニスト団体による抗議運動からは、1915年4月25日をもって「国民国家の誕生」とする歴史観に対して、先住民の人々の長い歴史と苦難を対置するような、新たな論理の登場が明らかとなった。今年度の分析では、これらの先鋭的なナショナリズム批判とその後のアンザック・デイの隆盛との落差が、重要な論点として抽出できた。 これらの研究活動にあたっては、2009年8月にキャンベラのオーストラリア戦争記念館および国立図書館、2010年1月にオタワのカナダ戦争博物館および国立図書館で史料調査を行った。成果発表については、上記の知見をまとめた博士学位申請論文を大阪大学大学院文学研究科に提出し、書籍としての刊行の計画を進めている。
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