Research Abstract |
本研究では,最後通牒ゲームという課題を用い,不公正を是正するために自己の利得を消費するか,不公正を受け入れて利得を増やすかという意思決定におけるサイコパシー特性の影響を検討した。この課題では,自分にとって不利な提案のみならず,有利な分配を受けた場合でも応答者が一定の割合で拒否を選択することが知られている。質問紙によって想定型調査を行い,サイコパシー傾向との関連を検討した結果,サイコパシーの利己性因子の得点が高いほど有利な提案を受け入れる頻度が多く,一方で,衝動性因子にはそのような影響が確認されなかった。すなわち,サイコパシーによる公正性の低下は,利己性因子に基づくものであることが実証された。また,利己性が低い個人は公正性を重視するあまり,有利な提案であっても報酬への動機づけが抑制され,自他の利得をなくしてしまうという非合理性があることを示された。ただし,実験室実験においてはこの現象が再現されず,たとえ利己性が低い個人であっても現実的な報酬を重視して公正性を無視する傾向があることが明らかとなった。さらに,サイコパスの利己的行動に関する認知プロセスを検討するため,機能的磁気共鳴装置による脳神経イメージングを行った結果,サイコパシーの利己性は不公正の知覚には影響が見られず,その基板としての前頭前野腹外側部の活性の低下も見られなかった。しかし,不公正を拒否する時に活性が確認される右前部島皮質の活性が弱いことが明らかとなった。すなわち,サイコパシー傾向が高い個人は不公正を理解することができるが,報酬を得るために敢えてそれを受け入れ,それが島皮質の活性の低下を基盤としていることが示唆された。この結果は,利己的行動を脳神経科学的に説明するものとして重要な知見であり,それがサイコパシーの神経基盤を示唆する点で,当該領域の新たな知見として意義があると考えられる。
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