Research Abstract |
平成21年度は,研究対象を広げ,考察を発展させることができた。まず,比較法研究対象国のイギリスについては,20世紀初頭から現在までの最低賃金制度の法的構造について,失業補償制度および公的扶助制度,給付つき税額控除制度との有機的関連からの分析を,「イギリスにおける最低賃金制度と稼働年齢世帯への最低所得保障」として発表した。同論文では,各制度の相対的な関係を整理したうえで,稼働年齢世帯の所得保障制度が非常に薄い日本における,最低賃金制度の役割の限界を指摘した。もう一つの研究対象国であるフランスの制度についても,近年のさまざまな制度改革をフォローした。その結果,サルコジ政権となって以降の最低賃金制度および公的扶助制度の改革に加えて,在職給付である給付つき税額控除制度としての雇用手当も新たに検討対象とした。その結果,フランスについては,最低賃金制度それ自体のほか,失業補償制度,公的扶助制度,給付つき税額控除を検討対象とすることになり,最低賃金制度の役割をより明確に描き出すことが可能となった。この研究の成果については,平成21年3月31日に学位請求論文として東京大学に提出した。そこでは,英仏の最低賃金制度の歴史的研究からその決定構造を特徴づけ,さらに社会保障制度・税制度との相対的関係を分析することで,最低賃金制度に期待される役割が,イギリスでは「公正さ」の実現,フランスでは「生活保障」であることを明らかにした。それと同時に,両国では賃金水準と所得水準の問題が峻別されており,最低賃金制度の限界を意識したうえで,ワーキング・プアに対する所得保障制度が別個に設けられていることを指摘した。そして最後に,生活保障の理念と団体交渉の論理が混在し,稼働年齢世帯の所得保障制度が貧弱なまま,最低賃金制度を唯一のセーフティーネットとしている日本の制度の問題点を明らかにすることができたと考えている。
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