2008 Fiscal Year Annual Research Report
「声」の創造とその系譜-現代作家ベケット、デュラス、サロートをめぐって
Project/Area Number |
08J07214
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
武田 はるか The University of Tokyo, 大学院・人文社会系研究科, 特別研究員(DC2) (40751110)
|
Keywords | ヨーロッパ文学 / フランス現代小説 / フランス現代演劇 / 映画 / サミュエル・ベケット / マルグリット・デュラス / ナタリー・サロート |
Research Abstract |
本研究は、ベケット(1906-1989)、デュラス(1914-1996)、サロート(1900-1999)の作品を分析対象とし、戦後文学に生まれた「声」の問題の重要性を明示することを目指す。今年度は、膨大かつ複雑な作品(小説・劇・映像作品等)の分析・整理を行い、「声」の問題の形成と展開の全体像を明確にとらえる作業にとりわけ重点を置いた。 1.三人の作家の共通点として、以下の三点を確認した。1)彼らの作品に頻出する断片的で不確かなイメージのあらわれ方は、何らかの形で声を介することで、言葉が記憶に結びつくということに深い関係がある。2)60年代までの「いかにして書くか」という問題が、80年代になると、「いかにして言うか」という問題に置きかわる。3)「声」は、何かを表象する事への強い懐疑に由来する作品の抽象性に、辛うじて形を与え、それが読者・観客に、日常の記憶、感覚という些細な事柄に関する想像力を要請し、それが彼らの作品の独創性につながっている。 2.(発表論文の成果として)60年代後半の彼らのテクストは、"発声性"を帯びはじめる。たとえば、デュラスの小説『イギリス人の恋人』(67)は、録音された声としてテクストが示され、それが小説を読む行為を(書く行為を)、あたかも"聞く体験"であるかのようにする。この小説は、テクストへの変更はほとんど加えうれずに劇化され、小説において"沈黙のうちに聞かれた"テクストが、舞台の"肉声として聞かれる"ことになり、それが、抽象的な時間・空間を創出する。劇や映画における声の特殊な使用は、彼らの作品における声の抽象性、物質性をより高めていく。 3.80年代には、物質的な声の時代は終わり、自伝的な、あるいは作家の声がほかの複数の声に紛れ込むような書き方へと移り、テクストには"呼びかけ"の要素が強まり、新たな小説の形を作り出す。それは、ベケットの『伴侶』(80)や、サロートの小説『きみは自分のことが好きではない』(89)において、人称の問題として顕著にあらわれる。 本研究が提示する、複数の作家の作品の多様な分野を通してイメージ・記憶・想像力という戦後文学の大問題を具体的に考察することを可能にした「声」の問題は、現代文学研究に新たな展開をもたらすことと期待できる。
|
Research Products
(1 results)