Research Abstract |
これまでの研究から,19世紀になって開発されたクロムイエロー(PbCrO_4)およびクロムレッド(Pb_2CrO_5)が,唐桟糸に金属化合物染料として用いられていることを明らかにした。クロムイエローが用いられている黄色糸の繊維内部を透過電子顕微鏡を用いて観察した結果,繊維内部には数nmの寸法をもつ微細なPbCRO_4結晶が繊維方向に沿って析出しており,析出物の電子回折図形および結晶格子像の解析から,繊維内部のPbCrO_4結晶には斜方晶と単斜晶のものが混在していた。本年度は,江戸後期に輸入された唐桟布の橙色糸の染色に用いられた化合物クロムレッド(Pb_2CrO_5)の析出挙動等について調べた。試料は江戸後期に輸入された唐桟布である。橙色糸繊維断面の化合物の観察には,高分解能SEMを用い,断面の元素マッピングを行った。なお,繊維断面の切り出しは,アルゴンガスによるイオンミリング装置を用いた。繊維の表面ではPb_2CrO_5は膜状に析出し,繊維の内部では寸法が100~500nmの微細な析出物になっている。Pb_2CrO_5微結晶の多くは繊維断面の外周に沿って同心円状に分布しているが,乱れた部分も観察され,繊維表面近傍およびルーメン近傍には無析出物帯が存在する。繊維に生じたクラックではPb_2CrO_5の優先析出が観察され,その周囲には無析出物帯がみられる。Pb_2CrO_5微結晶の分布状態から,Pb_2CrO_5微結晶は繊維中の欠陥部分であるアモルファス領域で優先析出し,微結晶の分布は木綿繊維のアモルファス領域の分布を示すものと考えられる。このように,橙色繊維断面中における結晶の析出形態は様々であるが,クラックなどの繊維の生育時以外の欠陥を除けば,析出物の分布は木綿の微細構造を間接的に示している。すなわち,析出物の存在する部分は,アモルファスなどの結晶化度の低い領域で,結晶およびアモルファス領域は繊維中で同心円状に交互に存在し,木綿の多層構造を表すものと推定される。
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