Research Abstract |
分子が二つのスピン状態(低スピン,高スピン)間を互いに遷移するスピン転移は,分子メモリーや分子センサー等への応用が期待され,古くから研究されてきた.しかし,この現象は,多岐にわたる過程をへて,きわめて短い時間で起こるために,今日でも理解が十分でない点が多い.本研究では,この複雑な現象の機構解明を目的に,分子の電子状態がスピン転移の過程にどのような影響をあたえるかを理論的に調べた. 1.多孔性Fe(II)Pt(II)錯体のゲスト誘起スピン転移 大場らは,分子を吸着するとスピン転移がおこり,磁性や色が変化する多孔性錯体(多くの空孔をもつ化合物)を,近年,見いだした.この現象は,光や熱,圧力などが引き起こす従来のスピン転移とまったく違うタイプの現象として注目をあつめている.この化合物では,ほとんどの分子の吸着が低スピン状態から高スピン状態への転移を一方的にひきおこすなかで,二硫化炭素が逆方向の転移を特異的にひきおこすことが分かっている.本研究では,この特異な転移の機構を,錯体と吸着分子の相互作用エネルギーから検討した.二硫化炭素は分子サイズが小さいにも関わらず,吸着エネルギーが大きいことが明らかになった.このことは,二硫化炭素が強く錯体に吸着されると同時に,錯体骨格のゆらぎを止め,特異的な転移をおこしたことを示唆している. 2.鉄ピコリルアミン錯体の光誘起スピン転移 光誘起スピン転移は,光照射によって低スピン,高スピン状態間で転移する現象であり,その機構は中間スピン状態とよばれる,ほかの状態を経由しておこることが知られている.本研究では,機構の理解に重要とされてきたが,詳細な研究がなされてこなかったこの中間スピン状態に注目し,エネルギー面の相対的関係から,その機構を理解する指針を示した.
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