Research Abstract |
結晶に入射された高速イオンは,規則的に並んだ原子面を横切ることで周期的な振動電場を感じ,この振動周波数が遷移エネルギーに一致するときイオンの内部状態は共鳴的に励起される(コヒーレント共鳴励起).加速器から供給される相対論的なイオンビームを利用することでイオンの感じる振動周波数はX線領域に達し,光の利用の困難なエネルギー領域における原子状態の操作が可能になる.本研究はコヒーレント共鳴励起による量子制御ダイナミクスの探究,および原子分光への応用を目標として掲げている.本年度は5月,7月,10月,11月にそれぞれ約60時間,放射線医学総合研究所の医療用重イオン加速器を利用して以下の実験を行った. [1]二重励起状態の選択的生成(5月) コヒーレント共鳴励起によって465MeV/uに加速されたAr^<16+>イオンの2つの内殻電子を両方とも励起し,エキゾチックな中空状態を選択的に生成することを試みた.基底状態(1s2^1S)から励起状態(1s2p^1P),さらに二重励起状態(2p^2^1D)へと連続的に励起させたところ,結晶透過後のイオンの生き残り割合,及び放出X線の観測から二重励起状態の生成が確認された. [2]Fe^<24+>イオンを用いた二重共鳴実験(7月) 我々は平成19年度に,Ar^<16+>イオンのA型二重共鳴実験においてAutler-Townes二重項の観測に成功し,これによってラビ周波数の直接観測などが可能になった.本実験では入射イオンをFe^<24+>に変えて同様の測定を行い,Ar^<16+>とは異なった共鳴プロファイルを観測した.これは遷移モーメントの大きさ,及びコヒーレンス長の違いから説明できると考えられ,現在理論計算グループとの連携をとりながら,実験結果の定量的な評価を行っている. [3]コンボイ電子の観測(10月,11月) 結晶内でイオンから剥がされた電子はイオンとほぼ同じ速度を持って標的前方に放出される(コンボイ電子).この電子のエネルギー分布は,束縛状態の運動量分布を反映したカスプ構造を持ち,コンプトン・プロファイルと呼ばれる.コヒーレント共鳴励起によって励起状態のイオンを準備してコンプトン・プロファイルを観測したところ,入射イオンの波動関数に関する情報を得られることが明らかになった. このように,結晶場を用いてX線領域の原子遷移を制御できるという特徴を活かし,光学的手法では困難であった二重励起状態の選択的生成などを行うとともに,Autler-Townes二重項やコンボイ電子の観測などを通してコヒーレント共鳴励起のダイナミクスをより詳細に明らかにしてきた.第2年度はこれらの成果を更に発展させるために装置の改良や新たな検出器の導入などを進めていく予定である.
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