1997 Fiscal Year Annual Research Report
レベッカ・H・ディヴィスと「アメリカ自然主義」の水脈
Project/Area Number |
09710349
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
大矢 健 明治大学, 理工学部, 講師 (30244403)
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Keywords | 自然主義 / 世紀転換期 / ナラティブ / フレーム / 反復 / 感傷小説 / ステレオタイプ / 階級 |
Research Abstract |
フランスの作家ゾラがいわゆる自然主義小説を発表しはじめる6年も前、アメリカ史のうえでは南北戦争がはじまる前に、デイヴィスは『製鉄工場の生活』(1861)を執筆した。まだメルヴィルやホ-ソーンが活躍していた時期だ。この作品を時代に先駆けた自然主義として位置づけたのが拙論「反復、そして救済の不可能性、あるいはリアリズムの敗北:レベッカ・ハ-ディング・デイヴィス『製鉄工場の生活』試論」である。もちろん、科学研究費補助金によって可能になった論考である。 本論で私が主張したのは、ナラティヴの、形式のレベルでの反復が、世紀の転換期の小説群と同様に、1.産業形態の機械化により生じた反復的日常を写しだしたものであり(主人公の生活はきわめて規則的であり、それは親子間においてさえ差異がない)、2.またその反復が、物語自体を構造化・フレームしており、人種・階級のステレオタイプこそを生産している、という点である。この2点目は、世紀末自然主義の都市が、額縁を通してしか有意味で理解可能な風景として可視化しないという事実と構造的に相同の関係にある。 自然主義の先駆けといっても、デイヴィスには当時の女性作家たちの多くが共有した福音主義の傾向も強い。J.トムキンズのいう「感傷小説のパワー」だが、これが2.の構造的フレームからはずれてしまっていることを論拠として、「典型」という枠組みでしか見ることを可能にしない語り手のイデオロギーが構成自体に反映していると主張しているわけである。語り手の書く場面(マイケル・フリードの"scene of writing")、つまり「書くという反復的労働」が、最終的には労働者階級の囲い込みのためのイデオロギー装置としてしか機能していない点にまで論考をすすめることができた。 現在、デイヴィス短編群の日本語初の翻訳を準備中であり、98年中にあとがきの形でデイヴィスの全貌をある程度まとめられる予定である。
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Research Products
(1 results)