2009 Fiscal Year Annual Research Report
「契約の倫理学」としてのホッブズ政治哲学の再定式化
Project/Area Number |
09J04090
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
薮本 沙織 Kyoto University, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Keywords | 倫理学 / イギリス / ホッブズ / 社会契約論 |
Research Abstract |
本年度は、先行研究においては十分に検討されてこなかった「契約(信約)」概念に着目することで、ホッブズ契約論を道徳哲学として再構成することにつとめた。契約概念は1640年代の著作から重要概念として登場していたが、本研究は契約の拘束力(責務)の根拠に関するホッブズの考えの変遷に注目した。1640年代には、契約締結によって行為選択の自由が奪われることで、自動的に契約の拘束力が発生するという説明がなされていた。この見解では、契約行為に道徳的価値をまったく認めないことになり、契約履行の責務の道徳的重要性を説明することができなくなる。こうした説明がホッブズ契約論のすべてであると考えられてきたので、ホッブズは道徳哲学者として高く評価されてこなかった。しかしながら『リヴァイアサン』(1651年)では、契約の拘束力を自由概念から説明する記述が消えている。本研究はそこに注目し、1651年段階において、ホッブズが契約論に関して新しい原理を用意したのだと考えた。そして、その新しい原理は『リヴァイアサン』で初めて登場する「権威付与(権威づけ)」の理論、とりわけ人格化の作用であるという解釈を提示した。この解釈では、人間の行為選択を人間がもつ人格化の能力から描くことで、契約行為や履行責務に道徳的価値を認めることが可能となる。この解釈をとることで、従来は粗雑な利己主義とみなされてきたホッブズ道徳論を、責務を中心とした義務論的倫理学として再構成することができる。 本研究は新しい解釈の提示にとどまらず、倫理学史において過小評価されてきたホッブズの役割を再評価することにつながるだろう。また、義務論的倫理学として代表的なカント的倫理学とは異なった視点からのアプローチが可能となり、現代の道徳上の諸問題に対して新しい提言が可能になるだろう。
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Research Products
(3 results)