Research Abstract |
人間が他者と会話したり文章を読んだりする際には,発話やテキストそのものに直接含まれている「明示情報」だけでなく,直接含まれない「暗示情報」をも理解する必要がある。明示情報から発話者や著者が意図した暗示情報を引き出す過程を「推論」と呼ぶ。こうした推論を小さな認知的努力と短い時間で行うことで,人間の言語理解は成立していると言える。自然言語処理の分野では推論機能を工学的に実現しようとするが,未だ人間の水準にはほど遠い。そこで,人間はどのようにして推論機能を実現しているのかが関心のある問題となる。本研究では,LSA(潜在意味解析; Latent Semantic Analysis ; Landauer & Dumais, 1997)という知識獲得理論に基づき人間の推論機能を説明することを目指す。推論過程について明らかなのは,推論過程には人間の「知識」が関わることである。より具体的に言えば,推論過程とは明示情報を入力とした知識による解析過程であると言える。 22年度は,主にLSAの知識獲得モデルとしての妥当性検討と予期的推論の典型性をLSAで説明できるか否かについての検討を行った。本研究では語彙知識理論としてLSAを有望視しているが,言語統計解析が実際にどの程度語彙知識として妥当であるかについて,先行研究のレビューと独自の分析によって議論した(猪原・楠見,印刷中)。さらに,LSAの仮定に基づき,「小説を良く読む人の単語連想パターンは,LSAが小説コーパスから構築した類似度パターンに近い」という仮説を検証し,支持する結果を得た。 上記の研究により,言語統計解析の語彙理論としての妥当性がある程度保証された。そこで,次に文レベルの現象である「予期的推論に直接アプローチする。予期的推論とは,あるイベントに接した時に「この次に何が起こるだろうか」と考えることを指す。予期的推論生成課題(例えば,「ワイングラスを床に落とした」という文から次に何が起こるかについて生成させる)を行った行動データについて,LSAを用いて分析したところ,ある予期的推論の典型性をLSA類似度が有意に予測するという結果を得ることができた。
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