Research Abstract |
昆虫綱双翅目オドリバエ科シブキバエ亜科の淡水性の属であるTrichoclinocera属のアジア各地の標本に基づいて,その系統分類学的研究と生物地理学的考察を行った.九州大学大学院比較社会文化研究科地球自然環境講座に保管されていた日本,沿海州,朝鮮半島,台湾,中国大陸,ベトナム,タイ,ブータン,ネパール,パキスタン等のアジア地域の本属の標本約4000頭について,これらを研究可能な状態に標本製作し,♂交尾器,雌腹端部,翅,脚,口器,頭蓋,等の構造を解剖し,その詳細な構造を実体顕微鏡,光学顕微鏡,走査電子顕微鏡などで観察,作図,撮影して,比較形態学的に検討し,その結果に基づいて,これらの標本を種に分類した.その結果,これらは49種によって構成されていることが判明し,その中の数種を除く他はいずれも学会未知の末記載種であったので,これらを新種として記載した.さらに,比較形態学的研究に基づいて,これら49種の系統発生的関係を推論し,その分布地域について分布の拡散も含めて生物地理学的に検討した.特に,本属は北米の動物相との密接な関連があるので,北米の種との系統関係や生物地理学的関連に重点をおいた.研究の結果,アジア地域の本属はいくつかの種群に分類され,それらのほとんどは北米との直接的な関係は見られなかった.生物地理学的には本属の東アジアでの分布のパターンは典型的な日華区型ないし西部支那型の分布型を示し,北米との関連も含めると,第三紀北極要素として十分位置づけられる事が判明した.種群の分布としてはヒマラヤ中腹地域から中国南部及びインドシナ半島北部に分布する種群がかなり見られて,これらは日本列島や沿海州を含む周日本海地域に分布していなかった.すなわち,アジアでの東亜・北米型分布要素としては,周日本海地域と南中国・ヒマラヤ地域の二つの顕著な分布要素からなることも判明した.
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