2011 Fiscal Year Annual Research Report
「重訳」と東アジアの「近代」 : 1890-1910における日中翻訳空間
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10F00307
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
齋藤 希史 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 准教授
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
呉 燕 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 外国人特別研究員
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Keywords | 清末白話文 / 対訳文体 / 呉檮 / 漢語修辞 |
Research Abstract |
今年度は、翻訳理論に基づいた明治と清末の翻訳言説の再整理、漢文訓読体及び言文一致体を中心とする、日本近代文体の形成に対する理解、清末中国における、日本語と翻訳実践に密接に関わる雑誌のテキスト(主に白話文)の再読を研究の重点とした。また最近、漢字の表意性に焦点を絞った、漢語文法と漢語研究に関する先行研究の整理も開始した。これまでの成果として「『燈台卒』をめぐって」(「清末小説」第33号)があり、さらに呉檮の翻訳文体を総合的な分析を行い、その文体の特異性を析出し、その特異性を清末の翻訳空間で位置づけようという試みの論文「晩清訳家〓梼的対訳実践与文体風格」(中国語)を執筆した。既に中国側の雑誌『現代中文学刊』に採用される予定となった。今は、その論文の日本語バーションにも取りかかっており、日本の雑誌への発表を目指す。 〓して、今もう一つの論文を執筆中である。上述の論文を発展させたものであり、呉檮の翻訳テキストにおける「風景」の「誤訳」を分析の切り口とし、日本語文脈の漢字語がどういう風に翻訳を通して清末の白話文の文体に取り入れられ、そして白話文体に斬新な「詩意」をもたらす、というテーマをめぐって論議を図ったものであり、24年度中に発表する予定となっている。 もう一つ言及すべきことは、資料収集である。東日本大震災で避難帰国した際、中国国家図書館、北京大学図書館、上海図書館、広州中山図書館など、清末民初資料を幅広く収蔵しているところに足を運び、清末民初における白話雑誌と単行本小説の出版の実態を、出来る限り確認してきた。現段階で、研究の焦点をあてている三人の翻訳家:呉檮、林〓、陳景韓の翻訳小説の初版は、すでに発見されたものに限って、ほぼ全て揃えることができた。これにもとづき、樽本照雄氏の『清末民初小説目録(第四版)』などを手がかりとして、また、日本の各大学の検索データベース、漢籍データベース、あるいは国会図書館の近代デジタルライブラリーなどを通して、呉檮らの翻訳が拠った日本語小説の底本(またその欧文底本)もほぼ確認することができた。二十世紀初頭の上海における日本語教育と言語交流に関する資料の多くは、東京都立図書館に所蔵する『実藤文庫』にあるが、その一部についても、現在確認作業中を進めている。〔呉燕〕
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
この一年間の研究は、関連分野の様々な文献を読み、研究テーマに繋がる資料を収集することを中心とした。具体的な業績を挙げるための準備段階に当たる。日本語を専門としていなかった私にとって、この研究を順調に進めるため、一番必要とされるのは、日本語能力だけではなく、明治における文体の多様性に対応できる識別力と評価力を、しっかり身につけることである。そして、日本近代文学史の流れに対する総合的な把握力も重要である。日本語テキストからその清末訳本への移行のうちに生み出した文体の特性を詳らかに読み取れるように、また周密に分析できるように、日本側の文体実践の様態を了解するために、計画より以上に時間がかかった。〔呉燕〕
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Strategy for Future Research Activity |
現段階で明かとなった認識は、明治日本と清末中国との間に行われた翻訳実践の特質とは、「漢字語の移転」を中心に果たされたエクリチュールであるという一言に要約されうる。その認識に応じて、当初の計画より絞った方向に進むことが可能になった。すなわち、清末の翻訳者呉檮を代表的な例証として取り上げ、彼の翻訳文体の特異性に焦点を絞ってより緻密的な解読や分析を行うという方向である。特に、彼のテキストにおける「風景」の構築を一つのテーマとし、明治期の言文一致体においての漢字語修辞は、どういう風に漢語の白話文体に回収され、そして新たな文体を創出するにとどまらず、人物の情緒も混じった断片化された「内面」も、今までにない白話文の「詩性」というレトリック感覚を通して、表象化されたかを論議したい。このテーマを巡って幾つかの論文を執筆し、中国側を中心に発表することを目指す。〔呉燕〕
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