Research Abstract |
絶滅した二枚貝様無脊椎動物である腕足動物の殻について,理論上考えられる形態パターンと,実際に存在する形態の間に生じるギャップを検討することを目的とし,腕足動物スピリファー類の機能形態設計論に根ざした研究を行った.周辺の水流に身を任せたスピリファー類の殻形態は,殻開口部で受動的な水の流入・流出を可能にし,殻内側で形成される螺旋状渦流によって効果的な採餌を可能とする「濾過機能体」であったことが力学的にわかっている.腕足動物の受動的採餌水流は,殻開口部に生じる圧力差によって形成される一方で,この圧力差ができるだけ小さくなるようにし,非常に緩やかな殻内部の流れを必要とする.そこで,殻開口部の圧力差を生み出す殻の湾曲部「サルカス」の発達具合を複数段階に変化させた殻形態模型を用いて,流体解析を行った.解析結果から,殻開口領域の中心線に沿って圧力分布を観測し,殻開口部における圧力差を算出した.さらに殻内側の流体は,螺旋状渦流の挙動を回転数として算出した.解析結果の圧力差マッピングを見ると,サルカスの発達具合に関らず,周辺の流速が0.1m/s(レイノルズ数2000)の流水環境下で圧力差が最小化された.一方,回転数マッピングは,流速にかかわらず,サルカスの発達具合に応じて回転数が増加することを示した.一連の結果から,圧力差の最小化戦略を基に,殻内で最低一回転は螺旋状渦流が生じる制約を与え,ラグランジュ未定乗数法によって最適解を導出した.その結果,実際の化石形態に見られるサルカスは,数学的に算出した最適なサルカスよりも,やや過剰に発達していることが明らかとなった.つまりスピリファー類は,受動的採餌水流の形成機能を破綻させないようにサルカスを余剰設計した殻形態であったと考えられる.これらの研究成果は,生物の機能を保証する限界の形態変化や,発揮される適応範囲を数理的に解明した数少ない研究例である.
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