2011 Fiscal Year Annual Research Report
野生生物感染症の生態学 : 宿主繁殖生態を利用した病原ウイルスの伝播メカニズム
Project/Area Number |
10J09347
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
内井 喜美子 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 特別研究員(PD)
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Keywords | コイヘルペスウイルス / 宿主間伝播 / 新興病原生物 / 野生生物感染症 / 潜伏感染 |
Research Abstract |
本年度は、コイヘルペスウイルス(CyHV-3)の宿主(コイ)間伝播戦略および宿主個体群への感染維持機構の解明を目指し、野生宿主個体群におけるウイルスの季節的な遺伝子発現パターンの解析を行った。CyHV-3については、培養細胞中での全遺伝子発現パターンとその機能の一部が明らかにされているため、その中から、ウイルス増殖に関連する2遺伝子と潜伏感染に関連すると考えられる3遺伝子を選び出し、琵琶湖にて捕獲した、CyHV-3感染経験のある(血清反応が陽性)コイの脳組織中における各遺伝子の発現量を、RT real-time PCRにて相対定量した。すると、増殖関連遺伝子は、水温が15-25℃となる春季にのみ発現するが、潜伏感染関連遺伝子は、水温が15℃以下または25℃以上となる冬季や夏季においても発現していた。これらの結果より、CyHV-3は、水温が増殖に不適となる季節には、潜伏感染によりキャリア宿主内で感染を維持するが、増殖に好適な水温となる春季になると再活性化し、キャリア内で増殖することが示唆された。コイは春季に集団で繁殖を行うため、この時ウイルスがキャリアから未感染宿主へと伝染すると考えられる。このように、季節的な感染サイクル(増殖期/潜伏期)を確立することにより、CyHV-3は野生宿主個体群中に長期的な感染を維持することが示唆された。また、CyHV-3発生から5年間の宿主個体群におけるmtDNAハプロタイプの出現頻度の比較解析により、CyHV-3発生以降、日本在来mtDNAハプロタイプ頻度が、いくつかの地域個体群で減少したことを発見した。つまり、CyHV-3発生により、日本在来コイが外来系統のコイと置き換わったと考えられ、新興感染症と生物学的侵入の相互作用により、在来種の絶滅リスクが増大することが示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の目的の「ウイルスの感染サイクルの解明」については、ウイルス遺伝子発現解析は既に終了し、論文を執筆中である。もうひとつの目的であった「感染症蔓延後の宿主個体群の遺伝構造の変化の検証」に関しては、宿主個体群におけるmtDNAハプロタイプ頻度が変化したことを明らかにし、既に論文として投稿した。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、新興感染症の発生により生じた(または将来生じうる)宿主個体群への影響や、宿主個体群が受けた影響による他の生態系構成種や生態系機能への波及効果の評価を進めることで、生態系における野生生物感染症のダイナミクスに対する理解がさらに深まると考えられる。
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