2011 Fiscal Year Annual Research Report
サミュエル・ベケット作品における「傍観者」の諸問題
Project/Area Number |
11J08117
|
Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
宮脇 永吏 学習院大学, 文学部, 特別研究員(DC2)
|
Keywords | サミュエル・ベケット / デカルト / ゲーリンクス / メルロ=ポンティ / 合理主義 / 視覚 / 無知 / 二元論 |
Research Abstract |
昨年度は、研究開始時の予定通りサミュエル・ベケットの作品における17世紀合理主義哲学の影響に関して研究を進めた。デカルト哲学に顕著な主知主義的な態度や、神に対する人間の無知を説くデカルト派哲学者アーノルド・ゲーリンクスの哲学の影響を主に取り上げたことで、ベケット作品において「知」と「無知」の問題が作品構造を揺るがしているという結論に至った。その経過においては、デカルト以降の心身二元論の問題を再考し、知覚と身体に重要性を見出したモーリス・メルロ=ポンティの解釈にも言及することとなった。 早稲田大学演劇博物館グローバルCOEプログラム、ベケット・ゼミにおいて論文集を刊行する運びとなり、報告者は「見える身体のゆくえ-『わたしじゃない』における「聴き手」の不在を考える」と題した論文を投稿、数度にわたる査読を通過し掲載に至った。当該論文は戯曲『わたしじゃない』(1973)を考察対象とし、見えるもの/見えないものという二元論に回収できない幽霊的な身体を持つ人物「聴き手」の存在意義を検討した。この見えない身体を持つ「聴き手」=傍観者の分析によって、視覚を理性の超越と結びつけるようなデカルト以降の近代的発想の影響と批判が同時にベケットの作品に含まれていることを示した。 10月には、日本フランス語フランス文学会秋季全国大会において研究発表を行った。「サミュエル・ベケット『ワット』における「無知」の問題-ゲーリンクスとバタイユを手掛かりに」と題した発表では、ゲーリンクス哲学を支える人間の「無知」がベケットの小説『ワット』の作品構造に及ぼす影響を分析した。『ワット』のように単線的な時間を持たず、理性的な一貫性ある語りを放棄した小説は、ベケットの戦後作品の特色であり、合理主義哲学に影響を受けながらも、人間の無知、さらには理性の崩壊といった反-合理主義とも言うべき要素が作品世界の根幹にあることを証明した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
昨年度は、採用期間の始まる直前に東日本大震災が起こり、当初はさまざまな方面で研究進行に不安があったが、予走していた論集および著書の刊行に貢献、国際学会への参加、日本国内での研究発表といった主な行事を滞りなく済ませることができた。そのなかで研究を発展させ、結果的には非常に有意義な一年となった。
|
Strategy for Future Research Activity |
昨年度は、ゲーリンクス哲学を理解し、ベケット作品の持つ世界観と照合するという作業にかかりきりであった。というのも、仏語・英語訳が出始めたばかりのゲーリンクスは非常にマイナーな哲学者であるため二次資料が少ないという問題点がある。本年度はゲーリンクス/ベケットを考察する基盤となるデカルトに遡って研究を進めたい。 ゲーリンクスと違って、デカルト/ベケットに関しては1960-70年代から盛んに議論がなされてきたが、その影響を論じる膨大な論文を整理する作業から始める。その後、実証的な見地にもとづき、ベケットが実際に読んで学んだという著作 Descartes choix de textes avec etude du systeme philosophique et notices bibliographiques(L. Debricon 編,1909)を参照しながら、人間の視覚を扱う部分を中心に、ベケットの作品世界の提示する問題がデカルト哲学をどのように批判あるいは反映しているかを検討していく。
|
Research Products
(5 results)