2002 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
12610492
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
野谷 啓二 神戸大学, 国際文化学部, 助教授 (80164698)
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Keywords | エリック・ギル / レールム・ノヴァールム / St. Dominic's Press / Distributism |
Research Abstract |
イギリスの二十世紀が生んだ特異な職人芸術家・思想化のエリック・ギル(Eric Gill,1882-1940)の問題意識を分析した。二十世紀初頭のイギリスは産業革命の徹底によって労働の意味が大きく変質し,人間は生産システムの歯車と化し,人間性を奪われていく傾向があった。労働者は賃金だけのために,経営者は利益をあげることだけに注目し,一人一人の人間が自分の仕事に対する責任を放棄する事態が生まれていた。 十九世紀末以来,社会主義の立場からの批判が行われていたが,ギルは一時フェビアン運動に参加した時期もあったが,カトリシズムの立場から,こうした状況の解決策を打ち出した。工場生産がもたらす,不可避的な結果は,「自由意志の喪失」である。ギルが危惧するのは,この事態にともなう連鎖全体である。つまり、人間の自由意志が奪われると,自己責任がなくなり,ついには「罪人」であることもできなくなる。自己を罪人として把握できるためには,あくまでも罪を犯す自由が与えられている人間であらねばならない。自由意志こそ守られる必要があるのであり,ギルは賃金や労働条件の改善だけを目指すように見えた社会主義運動から身を引き,キリスト教神学に依拠した活動を目指すようになる。 社会主義に救いを見出せなかったギルは,ローマ教皇レオ十三世の回勅『レールム・ノヴァールム』に大きな影響を受けるようになる。この「労働者階級の置かれた状況」の問題の根本的な解決を求め,教会の立場を鮮明に打ち出した回勅は,ギルの問題意識にも直接訴えるものであった。回勅の「私有は人間の自然的な権利であり,不可侵のものである。それを社会の構成員として正しく行使することは合法的であるばかりでなく,絶対に必要なことである」というメッセージは,ギルの考えとまさに一致するものであった。「われわれの世界を改革するための,唯一可能で望ましい未知は,所有の配分である」。 人は生産の手段を私有しなければならない。ギルは近代の歴史を逆行し,一気に中世的な自足生活を実践しようとして,1907年にロンドンからサセックスのディッチリングに移り住み,家族とともにdistributismを実践し始めた。そこで彼は友人らとSt.Dominic's Pressという私家版を創設した。
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